統計学基礎

第8回:期待値 - 確率分布の中心を知る

はじめに

「宝くじを買うべきか、やめるべきか」「どの保険に入るのがお得か」「新商品の開発に投資すべきか」...こんな迷いを抱えたことはありませんか?これらの判断には、「期待値」という確率論の重要な概念が深く関わっています。

期待値は、簡単に言うと「確率を考慮した平均値」です。不確実な状況で複数の結果が考えられる時、それぞれの結果に確率の重みをつけて計算した「期待される値」を表します。

例えば、宝くじで「1等1000万円が1万分の1の確率で当たる」場合、期待値は1000万円 × 1/10000 = 1000円です。つまり、宝くじ1枚の「期待される価値」は1000円ということになります。

今日は、この期待値の計算方法から実際のビジネスや投資での活用法まで、具体例を交えて詳しく学んでいきましょう。

期待値の基本概念

期待値とは何か

期待値は、確率分布における「重み付き平均」です。各結果の値に、その結果が起こる確率を掛けて、すべて足し合わせた値が期待値になります。

離散型の期待値の公式

E(X) = Σ xᵢ × P(xᵢ)

E(X):期待値
xᵢ:各結果の値
P(xᵢ):各結果が起こる確率

身近な例で理解する

例1:簡単なゲーム

ルーレットゲーム:
・赤が出る確率:1/2、賞金:200円
・青が出る確率:1/3、賞金:150円  
・黄が出る確率:1/6、賞金:600円

期待値 = 200 × 1/2 + 150 × 1/3 + 600 × 1/6
       = 100 + 50 + 100
       = 250円

解釈:このゲームを何度も繰り返せば、1回あたり平均250円がもらえることが期待される。

例2:サイコロの期待値

普通のサイコロ(1~6の目):
各目が出る確率:1/6

期待値 = 1×(1/6) + 2×(1/6) + 3×(1/6) + 4×(1/6) + 5×(1/6) + 6×(1/6)
       = (1+2+3+4+5+6) × 1/6
       = 21/6 = 3.5

解釈:サイコロを何度も振れば、出る目の平均は3.5に近づく。

期待値の計算方法

ステップ別計算手順

ステップ1:すべての可能な結果を列挙 ステップ2:各結果が起こる確率を求める ステップ3:各結果の値に確率を掛ける ステップ4:すべてを足し合わせる

実践例:宝くじの期待値

例:ロト6(実際の数値は概算)

1等(6億円):確率 1/6,096,454 ≈ 1.64×10⁻⁷
2等(1000万円):確率 6/6,096,454 ≈ 9.84×10⁻⁷
3等(30万円):確率 216/6,096,454 ≈ 3.54×10⁻⁵
4等(6800円):確率 9990/6,096,454 ≈ 1.64×10⁻³
5等(1000円):確率 155400/6,096,454 ≈ 2.55×10⁻²
ハズレ(0円):残りの確率

期待値計算:
E(X) = 600,000,000 × 1.64×10⁻⁷ + 10,000,000 × 9.84×10⁻⁷ 
     + 300,000 × 3.54×10⁻⁵ + 6,800 × 1.64×10⁻³
     + 1,000 × 2.55×10⁻² + 0 × (残りの確率)
     ≈ 98 + 10 + 11 + 11 + 26 + 0
     ≈ 156円

1枚300円の宝くじの期待値:約156円

結論:統計的には、宝くじは「損をするゲーム」

連続型分布の期待値

連続型の確率分布では積分を使います:

E(X) = ∫ x f(x) dx

f(x):確率密度関数

例:一様分布(0から10の間で等確率)

E(X) = ∫₀¹⁰ x × (1/10) dx = (1/10) × [x²/2]₀¹⁰ = 5

期待値の重要な性質

1. 線形性

期待値の最も重要な性質は「線形性」です。

定数倍の性質

E(aX) = a × E(X)

例:サイコロの目を2倍した値の期待値
E(2X) = 2 × E(X) = 2 × 3.5 = 7

加法性

E(X + Y) = E(X) + E(Y)
※XとYが独立でなくても成り立つ

例:2つのサイコロの合計の期待値
E(X₁ + X₂) = E(X₁) + E(X₂) = 3.5 + 3.5 = 7

一般形

E(aX + bY + c) = a×E(X) + b×E(Y) + c

2. 独立性と期待値

独立な確率変数の積

X と Y が独立の場合:
E(XY) = E(X) × E(Y)

従属な場合は成り立たない

一般的には:E(XY) ≠ E(X) × E(Y)

期待値の実践的活用

1. 投資判断

例:2つの投資案の比較

投資案A(安定型)

好況(確率30%):リターン +8%
普通(確率50%):リターン +5%
不況(確率20%):リターン +2%

期待リターン = 8%×0.3 + 5%×0.5 + 2%×0.2 = 2.4% + 2.5% + 0.4% = 5.3%

投資案B(ハイリスク型)

大成功(確率10%):リターン +30%
成功(確率40%):リターン +10%
失敗(確率30%):リターン -5%
大失敗(確率20%):リターン -20%

期待リターン = 30%×0.1 + 10%×0.4 + (-5%)×0.3 + (-20%)×0.2
             = 3% + 4% - 1.5% - 4% = 1.5%

結論:期待値だけ見れば投資案Aが有利

2. 保険の仕組み

例:自動車保険

事故が起こる確率:年間2%
事故時の損失:平均200万円
保険料:年間5万円

被保険者の期待損失:200万円 × 0.02 = 4万円
保険会社の期待利益:5万円 - 4万円 = 1万円

保険会社の視点:多数の契約者から保険料を集めることで、期待値に基づいた安定収益を確保

3. ビジネスの意思決定

例:新商品開発の判断

開発プロジェクト

大成功(確率20%):利益 +5000万円
普通(確率50%):利益 +1000万円  
失敗(確率30%):損失 -2000万円
開発費用:500万円

期待利益 = 5000×0.2 + 1000×0.5 + (-2000)×0.3 - 500
         = 1000 + 500 - 600 - 500 = 400万円

結論:期待値がプラスなので、開発を進める価値がある

4. ゲーム理論への応用

例:じゃんけんの戦略

相手がグーを50%、チョキを30%、パーを20%の確率で出す場合:

自分がパーを出した時の期待値:
勝ち(相手グー):確率50%、得点+1
あいこ(相手パー):確率20%、得点0  
負け(相手チョキ):確率30%、得点-1

期待得点 = 1×0.5 + 0×0.2 + (-1)×0.3 = 0.5 - 0.3 = 0.2

期待値と現実のギャップ

1. 期待値と実際の結果

期待値は「長期的な平均」であり、個別の試行結果とは異なることがあります。

例:サイコロ1回の結果

  • 期待値:3.5
  • 実際の結果:1, 2, 3, 4, 5, 6のいずれか(3.5は出ない)

大数の法則:試行回数を増やすほど、実際の平均は期待値に近づく

2. リスクの考慮

期待値が同じでも、リスク(ばらつき)が異なる場合があります。

例:2つのゲーム

ゲームA

確実に100円もらえる
期待値:100円、リスク:0

ゲームB

50%の確率で200円、50%の確率で0円
期待値:100円、リスク:大

選択の違い

  • リスク回避型:ゲームAを選択
  • リスク愛好型:ゲームBを選択

3. 効用理論

実際の人間の行動は、必ずしも期待値最大化とは一致しません。

例:保険への加入

統計的には「損をする」にも関わらず、多くの人が保険に加入
→ 金銭的価値と主観的価値(効用)は異なる

期待値計算の注意点

1. 確率の正確性

❌ 間違い:主観的な確率で計算
「なんとなく30%ぐらい」

✅ 正しい:客観的データに基づく確率
過去のデータ、統計調査結果など

2. すべての結果の考慮

❌ 間違い:一部の結果のみ考慮
成功例だけを考える

✅ 正しい:失敗も含めたすべての可能性
最悪のケースも含めて計算

3. 条件の変化

❌ 間違い:静的な確率で計算
市場環境の変化を無視

✅ 正しい:動的な確率の更新
新しい情報による確率の見直し

まとめ

期待値は、不確実な状況での意思決定に欠かせない概念です。投資、保険、ビジネス判断など、様々な場面で期待値を正しく計算し活用することで、より合理的な判断ができるようになります。

今日のポイント

✅ 期待値:確率を重みとした加重平均
✅ 線形性:E(aX + bY + c) = aE(X) + bE(Y) + c
✅ 実践活用:投資判断、保険設計、ビジネス戦略
✅ 注意点:期待値≠実際の結果、リスクも考慮が必要
✅ 大数の法則:試行回数増加で実際の平均は期待値に収束

次回は「分散の加法性」について学びます。複数の確率変数を組み合わせた時の分散の計算方法と、ポートフォリオ理論への応用を詳しく解説していきます!

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