パワーMOSFETのデータシートを開くと、こんな表が必ずあります。
Gate-Source Charge (Qgs) …… 12 nC
Gate-Drain Charge (Qgd) …… 15 nC
3つもあって、しかも単位は見慣れない「nC(ナノクーロン)」。何をどう使えばいいのか、最初は本当にわからないですよね。
先輩エンジニアは「Qgが大きいから駆動電流が足りないかもね」と当たり前のように話す。でもあなたは、それがどういう論理で出てくる結論なのか、頭の中で繋がっていない。
- Qg・Qgs・Qgdの3つの違いを聞かれても、すぐに答えられない
- 「nC(ナノクーロン)」という単位が日常感覚と結びつかない
- 「駆動電流をいくらにすればいいか?」と聞かれて手が止まる
- ゲート抵抗の決め方の記事を読んだが、前提知識が足りずに途中で挫折した
- Qg・Qgs・Qgdの違いが「水のバケツ」でイメージできる
- 「nC」という単位の意味と、それが時間と電流に変換される仕組み
- 必要な駆動電流を実例で計算できるようになる
- 「Qgが大きい部品 vs 小さい部品」で何が違うのかわかる
結論を先に言います。Qg・Qgs・Qgdは「ゲートを満タンにするのに必要な水の量(電荷量)」です。バケツの大きさだと思ってください。蛇口(駆動電流)が太ければ早く満タンになる、それだけです。この記事では、データシートの数値を実際の駆動電流に換算する方法までステップで解説します。
ミラープラトーとは?スイッチング波形の謎の平坦部分の正体 →
目次
そもそも「ゲートチャージ」「nC」って何?
3つのQの違いを語る前に、共通する用語の意味を整理します。難しい話は一切しません。
| 用語 | 意味 | 水道のたとえ |
|---|---|---|
| ゲートチャージ | ゲートをONにするために 必要な電荷の量 |
バケツを満タンにするのに 必要な水の量 |
| Q(クーロン) | 電荷量の単位 | 「リットル」みたいなもの |
| nC(ナノクーロン) | 10億分の1クーロン (=10⁻⁹ C) |
「ミリリットル」のさらに細かい単位 |
電流(A)と電荷(C)の関係
ここがキモです。電流と電荷の関係を式にすると、こうなります。
電荷 Q [C] = 電流 I [A] × 時間 t [s]
※ 1Aの電流が1秒流れると、1Cの電荷が運ばれる
水道でたとえると、「水の総量[L] = 流量[L/秒] × 時間[秒]」と同じこと。1秒間に1Lの水が流れる蛇口を10秒開ければ、10L溜まりますよね。電気もまったく同じ理屈です。
この式さえ覚えれば、データシートの「Qg = 50nC」を見たときに、「1Aで流せば50ナノ秒で満タンになるな」と即座に逆算できるようになります。これが駆動電流計算の本質です。

3つのQ(Qg・Qgs・Qgd)を「3つのバケツ」で理解する
ここからが本題です。3つのゲートチャージを3つのバケツでイメージしましょう。
Qgs
Cgsを満タンにする水の量
Vgsをしきい値Vthまで持ち上げるのに必要なバケツ。
→ 「これがないと電流が流れ始めない」
Qgd(重要!)
Cgd(ミラー容量)を満タンにする水の量
ミラープラトー期間中に充電される、損失の主犯格。
→ 「これが大きいと損失が増える」
Qg
3つのバケツ全部の合計
完全ON状態にするのに必要な水の総量。
→ 「設計時はこれを使う」
3つのQの関係をまとめると
| 記号 | 英語名 | 何のための電荷? | 対応するフェーズ |
|---|---|---|---|
| Qgs | Gate-Source Charge | Cgsの充電 | Vgsが0V→Vthまで |
| Qgd | Gate-Drain Charge (ミラー電荷) |
Cgdの充電 | ミラープラトー期間 |
| Qg | Total Gate Charge | 完全ONまでの全電荷 | スイッチング動作の合計 |
よくある誤解:Qg ≠ Qgs + Qgdです。
QgはVgsを最終駆動電圧(例:+15V)まで持ち上げる総電荷で、Qgs+Qgdの後にも追加でCgs・Cgdの充電が続きます。
ざっくり言うと「Qg は Qgs + Qgd よりも大きい値」になることが多いです。

データシートの「ゲートチャージカーブ」が読めるようになる
データシートには必ず「ゲートチャージカーブ」というグラフが載っています。横軸が電荷量[nC]、縦軸がVgs[V]の不思議なグラフです。最初は何を見ているのかわかりませんが、3つのQの位置を覚えれば一発で読めます。
グラフの3つの区間
グラフの最初は右肩上がり。Vgsが0Vからしきい値Vthを超えるまでの区間。
この区間で消費される電荷量が Qgs。
Vgsが横ばいになる「謎の平坦部分」。これがミラープラトー。
この区間で消費される電荷量が Qgd(ミラー電荷)。
プラトーが長い=Qgdが大きい=損失大、という関係です。
再びグラフが上に伸び、最終駆動電圧(+15Vなど)に到達。
ここまでの合計電荷量が Qg(トータル)。
ゲートチャージカーブを見るときのコツは、「平坦な部分の長さ」と「最終電圧までの距離」に注目すること。平坦部が長ければ「この部品はミラー期間が長い=高速スイッチングが苦手」、最終までの距離が長ければ「総駆動電力が必要」という情報が一目でわかります。

駆動電流に換算する基本公式
さて、ここがこの記事のハイライト。Qgからゲートドライバに必要な電流を計算します。基本式はこうです。
この式の意味は単純で、「これくらいの時間で満タンにしたいなら、これくらいの蛇口の太さが必要」ということ。水道のバケツを30秒で満タンにしたいなら、それなりの蛇口の太さが要る。1分かけていいなら細い蛇口でOK。同じ理屈です。
3つの観点で計算できる
| 知りたいこと | 使う式 |
|---|---|
| 必要な駆動電流を求めたい | Ig = Qg ÷ tsw |
| スイッチング時間を求めたい | tsw = Qg ÷ Ig |
| 必要な総電荷を求めたい | Qg = Ig × tsw |
3つの式は、結局「Q = I × t」という1つの式を変形しただけ。式を3つ覚えるんじゃなくて、「どの2つがわかってる?残り1つを求める」という発想で使い分けてください。

実例で計算してみる|手を動かして覚えよう
公式だけだとピンと来ないので、3つの典型的な実例で計算してみます。手を動かして数字を追ってください。
実例①:必要な駆動電流を求める
【条件】
- 選定したMOSFETの Qg = 50 nC
- スイッチング時間を 50 ns 以内にしたい
【計算】
Ig = Qg ÷ tsw
= 50 nC ÷ 50 ns
= 50 × 10⁻⁹ C ÷ 50 × 10⁻⁹ s
= 1.0 A
【答え】駆動電流 1.0 A が必要。
ゲートドライバICはピーク電流1A以上のものを選ぶ。
実例②:スイッチング時間を求める
【条件】
- Qg = 30 nC のMOSFET
- 使えるゲートドライバの最大電流 = 0.5 A
【計算】
tsw = Qg ÷ Ig
= 30 nC ÷ 0.5 A
= 30 × 10⁻⁹ ÷ 0.5
= 60 ns
【答え】スイッチングには 約60 ns かかる。
これより速くしたいなら、Qgが小さいMOSFETを選ぶか、駆動電流を増やす必要がある。
実例③:ミラー期間だけを求める(実用上の最重要計算)
実は現場では「Qgdとミラー期間」で考えることがよくあります。スイッチング損失の主犯がミラー期間だからです。
【条件】
- Qgd = 15 nC のMOSFET
- 駆動電流 Ig = 1 A
【計算】
tミラー = Qgd ÷ Ig
= 15 nC ÷ 1 A
= 15 ns
【答え】ミラー期間は 15 ns。
これがそのままスイッチング損失の発生時間になる。短いほど高効率。
この3パターンの計算ができれば、「ゲート抵抗いくらにすればいい?」という設計レビュー定番の質問に、自信を持って答えられます。「Qg=50nCで、駆動電流は1A狙いです。ゲート抵抗はVcc15Vだから15Ω前後ですね」と返せれば一人前。
ゲート抵抗の決め方|Qgから抵抗値を計算する設計手順 →

Qgが大きい部品 vs 小さい部品|何が変わるのか
MOSFET選定時、データシートに並んでいるQgの値が部品ごとに違います。「Qgが小さい部品=高速スイッチングが得意」なんですが、その背景まで理解しておくと選定の幅が広がります。
| 項目 | Qgが小さい部品 | Qgが大きい部品 |
|---|---|---|
| スイッチング速度 | ⭕ 速い | ❌ 遅い |
| 必要な駆動電流 | ⭕ 小さくてOK | ❌ 大きく必要 |
| スイッチング損失 | ⭕ 小さい | ❌ 大きい |
| オン抵抗(RDS(on)) | ❌ 大きい傾向 | ⭕ 小さい傾向 |
| 導通損失 | ❌ 大きい傾向 | ⭕ 小さい傾向 |
パワーMOSFETには「Qg vs RDS(on)のトレードオフ」があります。
大きいチップを使うと、電流の通り道が広い→RDS(on)は小さい。けど面積が大きい→Qgは大きい。
小さいチップを使うと、その逆。RDS(on)は大きいけど、Qgは小さい。
だから「とにかくQgが小さい部品が良い」とは言えません。使うスイッチング周波数と流す電流から、最適な部品を選ぶ必要があります。
選び方のざっくりルール
高周波スイッチング
(数百kHz〜MHz)
Qgが小さい部品を選ぶ。
スイッチング損失が支配的なため、Qg重視。
大電流・低周波
(数kHz以下)
RDS(on)が小さい部品を選ぶ。
導通損失が支配的なため、Qgはあまり気にしない。
パワーMOSFETの選び方|6つのチェックポイント →

おまけ|Qgから「駆動電力」を計算してドライバの発熱を見積もる
最後にもう一つ、実務で重宝する計算を紹介します。「ゲートドライバの消費電力」です。これがわかれば、ドライバICが発熱で壊れないか事前に判定できます。
Pgate = Qg × Vgs × fsw [W]
※ Qg = 総電荷量[C]、Vgs = 駆動電圧[V]、fsw = スイッチング周波数[Hz]
意味は単純で、「1回のスイッチングで Qg×Vgs のエネルギーが必要、それが1秒間にfsw回起きる」という掛け算です。
実例:Qg = 50 nC、Vgs = 15 V、fsw = 100 kHz
Pgate = Qg × Vgs × fsw
= 50 × 10⁻⁹ × 15 × 100,000
= 0.075 W = 75 mW
【判定】0.075 W ならドライバIC内蔵で十分余裕あり。
これが10倍の0.75Wになると、放熱対策が必要になってきます。
この式の重要なところは、「スイッチング周波数fswに比例する」こと。fswを2倍にすれば、駆動電力も2倍。だから「高周波化したい」という設計要求が出てきたときは、ドライバICの発熱が問題になりやすいんです。

まとめ|Q=I×t を制する者がパワエレを制する
3つのゲートチャージは、最初は「謎のnC値」に見えますが、本質は「ゲートを満タンにする水の量」というシンプルな概念です。これをQ = I × tの式と組み合わせれば、駆動電流もスイッチング時間もすべて自分で計算できるようになります。
この記事のポイント
- Qgs=Cgsを満タンにする電荷(しきい値Vthに到達するまで)
- Qgd=Cgdを満タンにする電荷(=ミラー期間中の充電。損失の主犯格)
- Qg=最終駆動電圧まで持っていく総電荷(設計時はこれを使う)
- 駆動電流の基本式は Ig = Qg ÷ tsw(=I × t = Q の変形)
- ミラー期間の計算は tミラー = Qgd ÷ Ig
- 駆動電力は Pgate = Qg × Vgs × fsw(高周波化で増える)
- Qgとオン抵抗RDS(on)はトレードオフ。用途に応じた選定が必要
明日、データシートを開いたら、まず3つのQの数値を確認する習慣をつけてみてください。「Qgが30nC、Qgdが10nCか。1Aで駆動すれば30nsでスイッチングして、ミラー期間は10nsだな」と頭の中で換算できれば、もう一人前です。
次のステップは、この駆動電流を実現するゲート抵抗の決め方です。「駆動電流を1Aにしたい」という要求から、具体的な抵抗値を計算する手順を学べば、回路設計の全体像が完成します。
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