MOSFETのスイッチング波形を初めて見たとき、こんな違和感を覚えませんでしたか?
これが「ミラープラトー」と呼ばれる、MOSFETのスイッチング動作の中でも特に直感的に理解しにくい現象です。先輩エンジニアは当たり前のように「ミラー期間」「Qgd」などと話しますが、初心者には正直よくわからない。
- 波形を見て「なんでここだけ平らなんだ?」と疑問を持ったが、誰にも聞けず放置している
- 「ミラープラトー」と言われても、「ミラー(鏡)」と何の関係があるのか意味がわからない
- データシートに「Qgd」「ミラー容量」と書かれていても、それがどう動作に関わるのか繋がらない
- スイッチング損失が「ミラー期間で発生する」と言われても、なぜそうなるのかピンとこない
- ミラープラトーが起きる理由を、シーソーと水のバケツでイメージできる
- 「ミラー効果」「帰還容量Cgd」という言葉の意味が、初めて腹落ちする
- ミラー期間中にスイッチング損失が発生する理由が見える
- データシートの「Qgd」がなぜ重要なのかわかる
結論を先に言います。ミラープラトーとは、「ゲートを充電している電流が、丸ごと別の場所(Cgd)の充電に使われる時間」のことです。シーソーで例えると、自分の足元じゃなく相手側を持ち上げている時間。だからゲート電圧(Vgs)が上がらず、平らに見えるんです。
ターンオン・ターンオフとは?|MOSFETがON/OFFする瞬間に何が起きているか →
目次
そもそも「プラトー」「ミラー」って何?言葉の意味から
専門用語に踏み込む前に、まず単語の意味を整理しましょう。これだけで、用語への抵抗感が一気に消えます。
| 用語 | 日常での意味 | 電気での意味 |
|---|---|---|
| プラトー(Plateau) | 高原・台地(フランス語) 登山で「平らな部分」 |
波形の平らな区間 |
| ミラー(Miller) | 人名(J. Miller氏) ※鏡(mirror)ではない |
「ミラー効果」を発見した 研究者の名前 |
| ミラープラトー | — | ミラー効果が原因で発生する 波形の平らな区間 |
「ミラー」は人名で、「鏡」とは無関係です。ジョン・ミラーという研究者が真空管の研究で発見した現象が、後にMOSFETやIGBTでも同じことが起きると分かり「ミラー効果」と呼ばれるようになりました。
だから「ミラープラトー」=「ミラーさんが発見した現象による、波形の平らな部分」と覚えればOKです。
波形のどこに現れるか?
ミラープラトーは、ターンオン中とターンオフ中のVgs波形に現れます。具体的には、こんな感じです。
Vgs波形(ゲート電圧)の動き:
この「平らな区間」が数十〜数百ナノ秒続きます。短いように見えて、実はスイッチング動作全体の中でもっとも重要な時間なんです。

MOSFETのゲートには「3つのコンデンサ」が隠れている
ミラープラトーを理解するには、MOSFETの内部にある「3つの寄生コンデンサ」を知る必要があります。「寄生(きせい)」とは、設計者が意図して作ったわけじゃないけど、構造上どうしても存在してしまうもの、という意味です。
3つの寄生コンデンサ
| 記号 | 名前 | どこにある? |
|---|---|---|
| Cgs | ゲート-ソース間容量 | ゲートとソースの間 |
| Cgd | ゲート-ドレイン間容量 (=ミラー容量) |
ゲートとドレインの間 |
| Cds | ドレイン-ソース間容量 | ドレインとソースの間 |
ミラープラトーの主役は、Cgd(ゲート-ドレイン間容量)です。これは別名「ミラー容量」とも呼ばれます。なぜこのCgdだけが特別扱いされるのか?それを次のブロックで明らかにします。
データシートに書かれている容量との関係
データシートには「Ciss」「Coss」「Crss」という見慣れない記号が並んでいますが、これは3つの寄生容量の組み合わせを示したものです。
| 記号 | 意味 | 中身 |
|---|---|---|
| Ciss | 入力容量 | Cgs + Cgd |
| Coss | 出力容量 | Cds + Cgd |
| Crss | 帰還容量(=Cgd) | Cgdそのもの |
つまり、「Crss」と書かれている数値が、ミラー容量Cgdの値そのものです。データシート見るときに頭に入れておきましょう。

ミラー効果とは?|シーソーで理解する「相手側を動かすしんどさ」
ここがこの記事の核心です。「ミラー効果」を一言で説明すると、こうです。
コンデンサの両端の電圧が大きく逆方向に動くと、
そのコンデンサが実際の何倍も大きく見える現象
イメージしにくいので、シーソーで考えてみましょう。
シーソーで理解するミラー効果
普通のシーソー
あなたが片側に座り、反対側は地面に固定されている。
自分の体重ぶんだけ持ち上げる力が必要。
→ 普通のコンデンサ充電
ミラー効果のシーソー
あなたが片側に座ると、反対側に座っている大柄な人が同時に下に動く(=逆向きに大きく動く)。
両方の動きをぜんぶ自分の力で起こさないといけない。
→ ミラー容量Cgdの充電
MOSFETでこれをそのまま当てはめると、こうなります。
シーソー左側(あなた):ゲート電圧Vg(だんだん上がる)
シーソー右側(大柄な人):ドレイン電圧Vd(だんだん下がる)
シーソー本体:ミラー容量Cgd(両端の電圧差を埋めるために大量の電荷が必要)
ミラー効果が厄介なのは、「Vgが少し上がるだけで、Vdが大きく下がる」こと。たとえばVgが1V上がる間に、Vdが300V下がる。Cgdの両端の電圧差は合計301Vも変化するので、その電荷を全部充電しないと先に進めません。これが「平らに見える時間」=ミラープラトーです。

ミラープラトーが起きる仕組み|ターンオンを5ステップで追う
それでは、ターンオンの過程を5ステップに分解して、ミラープラトーがどこでどうやって発生するかを順番に追っていきます。
駆動回路から電流が流れ込み、CgsとCgdが両方とも同じペースで充電される。Vgsはじわじわ上昇するが、まだVth(しきい値)には届かない。
💡 シーソーで言うと:シーソーがまだ動き始めない準備段階
Vgsがしきい値Vthを超えると、ドレイン電流Idが流れ始める。Vgsもまだ上昇中。Vds(ドレイン電圧)はまだ高いまま。
💡 シーソーで言うと:シーソーがゆっくり動き出す
ドレイン電流が負荷電流に達した瞬間、Vdsが急降下を始める。ここで起きるのは、駆動回路から流れ込む電流がぜんぶCgdの充電に持っていかれること。
Cgsへの充電は一旦ストップ。だからVgsは平らになる(=ミラープラトー)。
この時間中、Vdsは急降下を続けるが、Vgsは動かない。
💡 シーソーで言うと:あなたが頑張って力を加えているのに、その力が全部「重い相手側を持ち上げる」のに使われていて、自分の側は上がらない時間
Vdsがほぼ0V付近まで下がると、Cgdへの充電も完了。再び駆動電流がCgsの充電に回り始め、Vgsが再上昇する。
💡 シーソーで言うと:相手側が完全に下まで降りた。やっと自分の側を上げられる
Vgsが駆動電圧(+15Vなど)に到達。MOSFETは完全にONになり、安定動作。
ミラープラトーは、「駆動電流が全部Cgdの充電に使われる時間」です。Cgsへの充電が一時的に止まるからVgsが平らに見える。Cgdの充電が終われば、Vgsは再び上昇を始めます。

ターンオフ時のミラープラトーは「逆再生」
ターンオフ時にも、同じようにミラープラトーが現れます。動きはターンオンの逆再生です。
| 項目 | ターンオン時 | ターンオフ時 |
|---|---|---|
| Vgsの動き | 上昇 → 平ら(ミラー) → 上昇 | 下降 → 平ら(ミラー) → 下降 |
| Vdsの動き | プラトー中に急降下 | プラトー中に急上昇 |
| Cgdの状態 | 充電される | 放電される |
| 駆動電流の動き | 駆動回路 → Cgdへ流れ込む | Cgd → 駆動回路へ吸い出される |
ターンオフ時のミラープラトーも、原理は同じ。「Cgdの放電に時間がかかるから、Vgsの下降が一時停止する」と覚えておけばOKです。

なぜミラー期間で「スイッチング損失」が発生するのか
ミラープラトーがなぜ重要視されるのか?それは「この時間中にスイッチング損失が大量発生するから」です。
損失が発生する条件
MOSFETで損失(=発熱)が発生するのは、「電圧Vdsと電流Idが、両方とも大きい瞬間」です。式にすると単純で:
瞬間損失 P = Vds × Id [W]
完全OFF時はId=0だから損失ゼロ。完全ON時はVds≈0だから損失わずか。問題はその中間(ミラー期間中)です。
完全OFF
Vds = 高い
Id = 0A
P = 高×0 = 0W
ミラー期間中
Vds = 高い→低い
Id = 負荷電流
P = 大きい!
完全ON
Vds ≈ 0V
Id = 負荷電流
P ≈ 0×大 ≈ 小
ミラー期間は「Vdsがまだ高いのに、Idは既に流れている」という最悪の重なり時間です。1秒間に何万回もスイッチングするので、この期間が長いほど発熱が増え、効率が落ちます。
ミラープラトーを短くする = 発熱を減らす。だからエンジニアはミラー期間を必死で気にするんです。

データシートの「Qgd」とミラー期間の関係
データシートを開くと、「Qg」「Qgs」「Qgd」という記号が並んでいます。「Q」はCharge(電荷)の頭文字で、それぞれの容量に必要な電荷量を表しています。
| 記号 | 意味 | 役割 |
|---|---|---|
| Qgs | Cgsを充電する電荷量 | Vgsをしきい値Vthまで上げる |
| Qgd | Cgdを充電する電荷量 (=ミラー電荷) |
ミラープラトーの長さを決める |
| Qg | トータルの電荷量 | Vgsを完全ON電圧まで上げる |
ミラー期間の長さを計算する
ミラー期間(プラトーの長さ)は、Qgdと駆動電流の関係で決まります。
たとえば、Qgd = 10 nC、駆動電流 Ig = 1 A の場合:
つまり、Qgdが小さい部品を選ぶか、駆動電流Igを大きくする(=ゲート抵抗を小さくする)と、ミラー期間を短くできて損失が減ります。これが、ゲート抵抗の決め方とMOSFET選定の基本ロジックです。
ゲート抵抗の決め方|Qgから抵抗値を計算する設計手順 →
パワーMOSFETの選び方|6つのチェックポイント →

まとめ|ミラープラトーは「シーソーで相手側を持ち上げる時間」
ミラープラトーは、初めて見ると「なんでこんな謎の平坦部分があるんだ?」と戸惑う現象です。でも一度仕組みを理解してしまえば、データシートのQgdの数値や、ゲート抵抗の決め方など、すべての話がつながって見えてきます。
この記事のポイント
- ミラー=人名(鏡ではない)、プラトー=平らな区間
- MOSFETには3つの寄生コンデンサ(Cgs、Cgd(ミラー容量)、Cds)がある
- ミラー効果=「コンデンサ両端の電圧が逆方向に動くと、見かけ上容量が増える現象」
- シーソーで例えると「相手側を持ち上げている時間」
- ミラープラトー中はVdsが急降下(または急上昇)するため、スイッチング損失が大量発生する
- データシートのQgdがミラー期間の長さを決める
- ミラー期間 = Qgd ÷ 駆動電流。Qgdが小さい部品+大きい駆動電流で短縮できる
明日、設計レビューで「ミラー期間が長くて損失が大きい」と言われたら、「Qgdが大きい部品を使ってますか?それともゲート抵抗が大きすぎますか?」と返せれば、もう初心者ではありません。
次のステップは、データシートのもう一段深い読み方です。Qg・Qgs・Qgdの違いをさらに詳しく見ていけば、ゲート抵抗の最適値を自分で計算できるようになります。

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本記事の前提となる「スイッチング動作の全体像」をダムの水門でわかりやすく解説。先に読むと理解が深まります。
ミラープラトーが波形のどこに現れるかを、Vgs・Vds・Idの3波形で確認できる入門記事。
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