- 「MOSFETはゲートを0Vにすればオフになるのに、なぜIGBTはマイナスの電圧が要るの?」
- IGBTモジュールのアプリケーションノートに「-8V推奨」と書いてあるが、理由がわからない
- 負電源を省略したら、試験中にIGBTが突然壊れた──原因はdv/dtによる「誤点弧」だった
- MOSFETでは0V駆動でOKなのに、IGBTで負電圧が必要な物理的な理由
- dv/dtによる「寄生ターンオン(誤点弧)」が起きるメカニズムを図解で理解
- 負電圧がないとゲート電圧がどう暴れるか(波形イメージ付き)
- Si-IGBT / SiC MOSFETそれぞれの推奨負電圧の目安
- 負電圧を作る3つの方法(絶縁DC-DC / ツェナー / ブートストラップ応用)
IGBTのゲート駆動で、初心者が最も「なぜ?」と感じるポイント。それが「なぜOFF時に0Vではなく、-5Vや-8Vといった負電圧をかけるのか」です。
結論を先に言います。負電圧は「ノイズによる誤ONを防ぐための安全マージン」です。0Vでも理屈上はOFFになりますが、実際のスイッチング回路ではノイズが凶暴すぎて、0Vでは門が勝手に開いてしまうのです。
この記事では、その「なぜ」を図解で1ステップずつ解説します。
この記事は、IGBTのゲート駆動の基礎を学んでいる方向けです。ゲートドライバICの役割がまだピンとこない方は、先にこちらを読んでください。
📘 【完全図解】ゲートドライバICとは?|なぜマイコン直結ではダメなのか →
目次
MOSFETは0V駆動でOKなのに、なぜIGBTはダメなのか?
まず「MOSFETなら0VでOFFにできるのに…」という疑問に答えます。実は、問題の本質はデバイスの違いではなく「回路環境の違い」です。
MOSFETが0VでOKな場合
・DCバス電圧が低い(12V〜48V程度)
・dV/dtが緩やか
・ミラー容量CGDが小さい
→ ノイズが小さいので0Vでも安全
IGBTで0Vが危険な場合
・DCバス電圧が高い(300V〜1200V)
・dV/dtが極めて急峻(数〜数十kV/μs)
・ミラー容量CGCが比較的大きい
→ ノイズが凶暴で0Vでは防げない
つまり、IGBTが使われる高電圧・大電流の環境では、スイッチング時に発生するdV/dt(電圧変化速度)が桁違いに大きく、このdV/dtがゲートにノイズを注入してきます。0Vでは、このノイズに耐えられません。
実は、高電圧で使うパワーMOSFET(SiC MOSFETなど)でも負電圧は推奨されます。「MOSFET=0VでOK」ではなく、「低電圧環境=0VでOK」「高電圧環境=負電圧推奨」が正確な理解です。

犯人は「ミラー容量CGC」── dV/dtが誤点弧を起こすメカニズム
ハーフブリッジ回路で何が起きているか
IGBTはほとんどの場合、ハーフブリッジ回路(上アーム+下アーム)で使われます。問題は、一方のアームがスイッチングしたとき、もう一方のOFFしているはずのアームに何が起きるかです。
上アームがターンONすると、中間点の電圧が0V → VDC(例:600V)に急上昇します。この電圧変化のスピード(dV/dt)が、数kV/μs〜数十kV/μsに達します。
この急峻なdV/dtが、OFFしている下アームIGBTのミラー容量CGCを通じてゲートに電流を流し込みます。

CGCが「ノイズの通り道」になる ── 電流注入の仕組み
コンデンサの基本性質を思い出してください。i = C × dV/dt。コンデンサの両端に急激な電圧変化が生じると、容量に比例した電流が流れます。
iGC = CGC × dVCE/dt
CGC:ミラー容量(ゲート-コレクタ間容量)
dVCE/dt:コレクタ-エミッタ間電圧の変化速度
例:CGC = 100pF、dVCE/dt = 10kV/μs の場合
iGC = 100×10-12 × 10×109 = 1A もの電流がゲートに流入!
📊 ミラー容量を通じた電流注入(模式図)
=ノイズの「通り道」
この電流がゲート-エミッタ間のインピーダンス(ゲート抵抗RGやCGE)に流れると、VGEが0Vから正の方向に浮き上がります。浮き上がった電圧がしきい値電圧VGE(th)を超えた瞬間、IGBTが意図せずONしてしまいます。これが「寄生ターンオン」(誤点弧)です。

負電圧がないとどうなるか?── 波形で見る「誤点弧」の瞬間
実際にVGE(off) = 0V で駆動した場合と、VGE(off) = -8V で駆動した場合のゲート電圧波形を比較してみましょう。
📊 VGE波形の比較(対向アームがスイッチングした瞬間)
❌ VGE(off) = 0V の場合
╱ ↑誤ON
0V ════════╱═══
↑対向アームSW
ノイズで+5V浮き上がり
→ VGE(th)を超えて誤ON!
→ 上下アーム短絡 → 💥素子破壊
✅ VGE(off) = -8V の場合
(余裕あり)
0V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
-3V ╱╲ ← ここまで
-8V ═══════╱══╲════
ノイズで+5V浮いても -8+5 = -3V
→ VGE(th)に届かず安全!
→ 正常動作を維持 ✅
OFFしているはずのIGBTが誤ONすると、上アームと下アームが同時にONになります。DCバスが直接短絡し、数千Aの短絡電流が流れます。IGBTの短絡耐量時間tsc(5〜10μs)以内に保護が効かなければ、素子が爆発的に破壊します。

負電圧の本質 ── 「門に鍵をかける」行為
ここまでの内容を、1つの比喩でまとめます。
VGE(off) = 0V
門を閉めただけで鍵をかけていない
強風(= dV/dtノイズ)が吹くと
門が勝手に開いてしまう
VGE(off) = -8V
門を閉めた上で鍵をしっかりかけた
強風が吹いても
鍵がかかっているので開かない
|VGE(off)| + Vnoise < VGE(th)(min)
この不等式が成り立てば、ノイズが乗っても誤ONしません。
例)VGE(th)(min) = 4.5V、想定ノイズ = +5V の場合
|VGE(off)| > 5 - 4.5 = 0.5V → 最低でも-0.5V必要
しかし安全率を考慮し、実務では-5V〜-8Vを使う

Si-IGBT / SiC MOSFET 別|推奨負電圧の目安
負電圧の最適値は、デバイスの種類と使用環境によって変わります。以下の表を「最初の目安」として使ってください。
| デバイス | VGE(th) 典型 | 推奨OFF電圧 | 推奨ON電圧 | 補足 |
|---|---|---|---|---|
| Si-IGBT (600V〜1200V) |
4.5〜7V | -5V 〜 -8V | +15V | 大容量モジュールでは-15Vも。メーカー推奨に従う |
| SiC MOSFET (650V〜1700V) |
2.5〜4.5V | -3V 〜 -5V | +18〜+20V | VGS(th)が低いため、深い負電圧はむしろ酸化膜リスク |
| 低電圧MOSFET (〜100V) |
1〜3V | 0V(多くの場合OK) | +10〜+12V | dV/dtが小さいため、0Vで安全な場合が多い |
SiC MOSFETはゲート酸化膜がSi-IGBTより薄く、VGSの許容範囲が狭い(例:-4V〜+22V)デバイスがあります。-8Vをかけると酸化膜が劣化する可能性があるため、必ずデータシートのVGS(max)を確認してください。
「IGBTだから-8V」「SiCだから-4V」と覚えるのではなく、データシートのVGE(th)(min)とVGES(max)を読み、想定dV/dtから必要マージンを計算するのが正しいアプローチです。

負電圧を作る3つの方法
「負電圧が必要」とわかったところで、次の疑問は「どうやって作るの?」です。実務で使われる方法は大きく3つあります。
正負出力
GND電位シフト
応用
以降で、それぞれの仕組み・メリット・デメリットを解説します。

方法①:絶縁型DC-DCコンバータ(正負出力)── 最も確実な方法
絶縁型DC-DCコンバータの中に、+15Vと-8Vの両方を出力できる製品があります。これをゲートドライバICの電源として使うのが、最も確実でノイズに強い方法です。
📊 方法①の構成イメージ
+5V or +12V
例:MORNSUN
QA0515D
| メリット | デメリット |
|---|---|
|
・絶縁されているのでノイズに強い ・正負電圧を個別に安定化できる ・上アーム・下アーム共に使える |
・コストが高い(1個500〜2000円) ・基板面積を取る ・アームごとに1個必要 |
産業用インバータ、サーボドライブ、大容量IGBTモジュール(1200V/100A以上)など、信頼性が最優先の用途で使われます。コストよりも安全が重要な場合の「正解」です。

方法②:ツェナーダイオードによるGND電位シフト ── 安くて簡単
単電源のゲートドライバ(例:+15V単一出力)しか使えない場合でも、ツェナーダイオード1本で擬似的に負電圧を作れます。
原理は単純です。ゲートドライバの「GND」端子をIGBTのエミッタに直結するのではなく、ツェナーダイオードを挟んで電位をシフトします。
📊 方法②の構成イメージ
OUT: +15V / 0V
VZ = 8V
結果:IGBTのエミッタから見ると…
ON時:+15V - 8V = +7V(※低め注意)
OFF時:0V - 8V = -8V ✅
| メリット | デメリット |
|---|---|
|
・部品1個で実現可能(安い) ・回路がシンプル ・既存の単電源設計に追加しやすい |
・ON電圧が「元の電圧 - VZ」に低下する ・電源電圧を上げる必要がある(例:+23V → +15V/-8V) ・ツェナーの発熱に注意 |
この方法を使うと、ON電圧がツェナー電圧の分だけ下がります。VZ=8Vのツェナーを使い、ドライバ電源が+15Vなら、ゲートON電圧は+15V-8V=+7V。これではIGBTの推奨VGE(on)=+15Vに全く届きません。ドライバ電源を+23V程度に上げる必要があります。

方法③:ブートストラップ回路の応用 ── 上アーム駆動との組み合わせ
ブートストラップ回路は、もともとハイサイド(上アーム)のゲートドライバに電源を供給するための手法です。この回路の電源構成を工夫することで、負電圧を生成することもできます。
具体的には、ブートストラップコンデンサの充電電源自体を「正負出力」にし、充電されたコンデンサが上アームのフローティング電源として機能するときに、負電圧も含めて供給する構成です。
| メリット | デメリット |
|---|---|
|
・追加電源が不要(ブートストラップで兼用) ・コスト・面積を抑えられる ・ゲートドライバIC内蔵の製品もある |
・下アームが定期的にONしないと充電できない ・100%デューティに対応不可 ・負電圧の安定性が方法①に劣る |

3つの方法を一覧で比較する
| 比較項目 | ① 絶縁型DC-DC | ② ツェナーシフト | ③ ブートストラップ応用 |
|---|---|---|---|
| コスト | 高い | 安い | 中程度 |
| 回路の複雑さ | 中程度 | シンプル | 複雑 |
| 負電圧の安定性 | ◎ 最も安定 | ○ まずまず | △ 条件依存 |
| 絶縁性 | あり | なし | 元の構成次第 |
| 100%デューティ対応 | 可能 | 可能 | 不可 |
| 推奨用途 | 産業用インバータ 大容量モジュール |
小規模回路 プロトタイプ |
民生品・コスト重視 IC内蔵型 |
コストに余裕があるなら、方法①が最も確実で安全です。設計初心者が「とりあえず動かす」場合も、まずは方法①で正しく動く回路を作り、コスト削減は後から検討する──という順番がおすすめです。

まとめ:「0Vで十分」は高電圧環境では危険な思い込み
IGBTが使われる高電圧環境では、対向アームのスイッチングによるdV/dtが数kV/μs〜数十kV/μsに達する
このdV/dtがミラー容量CGCを通じてゲートに電流を注入し、VGEを0Vから浮き上がらせる
浮き上がったVGEがVGE(th)を超えると誤点弧(寄生ターンオン)→ 上下アーム短絡 → 素子破壊
負電圧(-5V〜-8V)をかけることで、ノイズが乗ってもVGE(th)に届かない安全マージンを確保する
負電圧の生成方法は3つ。迷ったら①絶縁型DC-DCが最も確実

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