「オシロに付属していたプローブをそのまま使っているけど、なんで先端に『×10』って書いてあるんだろう?」
「設計の先輩から『使う前に補償調整しろ』と言われたけど、調整ネジを回すと何が変わるのか、正直よくわからない…」
そんな疑問を抱えたまま、毎日オシロでスイッチング波形を測っていませんか?
この記事では、受動プローブの内部構造を回路図で開けて見せ、なぜ10:1減衰が必要なのか、補償調整は何を合わせているのか、調整がズレると波形がどう歪むのかを、実機で観測した波形とともに解説します。読み終わる頃には、客先監査で「このプローブで正しく測れている根拠は?」と聞かれても、図を描きながら答えられるようになります。
受動プローブの10:1減衰は、プローブ先端の9MΩ抵抗とオシロ入力の1MΩ抵抗による分圧で実現されています。ただし高周波では抵抗だけでなく寄生容量が分圧比を狂わせるため、プローブ内部に可変コンデンサ(補償コンデンサ)を内蔵し、抵抗比と容量比を一致させる「補償調整」が必須です。調整がズレると、方形波の角がオーバーシュート(過補償)または鈍り(過小補償)として現れます。

目次
そもそも受動プローブとは?オシロに最初から付いている「あの黒い棒」の正体
受動プローブとは、電源を必要とせず、抵抗・コンデンサといった受動部品だけで構成されたオシロ用プローブのことです。オシロスコープを買うと、必ず1〜2本付属している「あの黒い棒」がこれです。
受動プローブには大きく分けて2種類あります。
🔹 1:1プローブ:信号をそのままオシロに渡す。減衰なし。微小信号向きだが、帯域が狭く(数MHz程度)、入力容量が大きいため一般用途には不向き。
🔹 10:1プローブ:信号を1/10に減衰してオシロに渡す。帯域が広く(100〜500MHz)、入力容量も小さいため、ほとんどの現場で標準的に使われる。本記事の主役。
プローブの先端や根元に「×10」「10:1」と書かれていれば、それは10:1減衰プローブです。オシロ側で「プローブ倍率:10×」と設定すれば、画面に表示される電圧値は自動的に10倍補正されるため、操作上は「等倍で測っているような感覚」で使えます。
なぜ「減衰」が必要なのか?1:1でそのまま測ればいいのでは?
💡 章の要約:10:1減衰は「信号を弱めるため」ではなく、オシロ側から見た入力インピーダンスを高く(10倍)し、被測定回路への影響を減らすために存在します。
初心者がよく誤解するのが、「10:1は大きな電圧を測るために減衰させているんでしょ?」という解釈です。これは半分正解で半分間違いです。
本当の理由は「プローブ効果を減らすため」。オシロの入力インピーダンスは通常1MΩ ∥ 約15pFですが、これを直接回路に当てると、回路から見ると「1MΩの抵抗と15pFのコンデンサがぶら下がった」状態になります。高周波回路ではこの15pFが致命的で、共振周波数がズレたり、波形が鈍ったりします。
10:1プローブを使うと、被測定回路から見た入力インピーダンスは10MΩ ∥ 約10pF以下まで改善されます。つまり、減衰の代償として「回路を乱さない」というメリットを得ているわけです。
| プローブ | 入力抵抗 | 入力容量 | 回路への影響 |
|---|---|---|---|
| 直結(プローブなし) | 1MΩ | 約15pF | 大きい |
| 1:1プローブ | 1MΩ | 約50〜100pF | むしろ悪化 |
| 10:1プローブ | 10MΩ | 約10pF | 小さい |
「そもそもどのプローブを選ぶか」で迷っている方は、こちらの種類マップから読むと全体像が掴めます。
受動プローブの内部構造|先端からオシロまでの「3つの部品」
💡 章の要約:10:1受動プローブの中身は、「9MΩ抵抗」「補償コンデンサ(可変)」「同軸ケーブル」の3つだけ。一見シンプルですが、この組み合わせで「広帯域・低容量・低負荷」を成立させています。
プローブの先端から根元(オシロのBNCコネクタ)まで、信号が通る経路を分解すると、次の3つの要素で構成されています。
① プローブ先端の「9MΩ抵抗」+「補償コンデンサ(可変)」
これらが並列接続でプローブの根元に内蔵されています。9MΩは直流分圧用、コンデンサは高周波分圧用。
② 同軸ケーブル
プローブの「黒い棒の部分」。芯線で信号を、シールド網でGNDを通します。ケーブル自体に約30〜60pF程度の寄生容量があり、この容量を計算に入れて設計されています。
③ オシロ側の入力(1MΩ ∥ 約15pF)
オシロ本体の入力回路。これがプローブの相棒として「もう片方の分圧素子」になります。
ここで重要なのは、「9MΩ抵抗」と「1MΩ抵抗」で抵抗分圧を作りつつ、「補償コンデンサ」と「オシロ入力容量+ケーブル容量」で容量分圧も作っているという二重構造です。低周波では抵抗分圧が、高周波では容量分圧が支配的になります。

10:1減衰はどう作られる?分圧回路の計算で完全理解
💡 章の要約:9MΩと1MΩの直列分圧により、オシロには信号の 1/10 が現れます。これが「10:1減衰」の正体です。
直流〜低周波における分圧比を計算してみましょう。プローブ先端に電圧 Vin を加えると、オシロが受け取る電圧 Vout は次のようになります。
Vout = Vin × 1MΩ / (9MΩ + 1MΩ) = Vin × 1/10
→ オシロには信号の 1/10 が入る = 10:1減衰
さらに、被測定回路から見た合成抵抗は 9MΩ + 1MΩ = 10MΩ となり、直結時の1MΩより10倍高くなります。これが「回路への影響が小さい」の正体です。
ただし、これは直流〜低周波での話です。周波数が上がると、寄生容量が無視できなくなり、抵抗だけでは正しい分圧比が保てなくなります。ここで登場するのが次の「補償コンデンサ」です。

補償調整は何を合わせているのか?|「抵抗比=容量比」の物理的意味
💡 章の要約:補償調整とは、プローブ側の「抵抗比」と「容量比」を一致させる作業です。一致させると、全周波数で正しく1/10に減衰する「周波数特性フラット」な状態になります。
高周波になると、コンデンサのインピーダンス(1/jωC)が小さくなり、信号は抵抗ではなく容量側を流れるようになります。このとき、プローブ先端の補償コンデンサ Cp とオシロ側の容量(ケーブル容量+オシロ入力容量)Cs による分圧が支配的になります。
高周波での分圧比を計算すると:
Vout / Vin = Cp / (Cp + Cs)
ここで、もし低周波の分圧比(抵抗比)と高周波の分圧比(容量比)が一致していなければ、周波数によって減衰率が変わってしまいます。たとえば1kHzでは1/10に減衰するのに、1MHzでは1/8にしか減衰しない、といった事態が起こります。
そこで、次の条件を満たすように Cp を調整します:
R1 × Cp = R2 × Cs
つまり「9MΩ × Cp = 1MΩ × Cs」。両辺の時定数を等しくすることで、抵抗分圧と容量分圧の比が一致し、全周波数で1/10に減衰する状態になります。
この調整作業を「補償調整(compensation)」と呼びます。プローブの根元か先端付近にある小さな調整ネジ(マイナスドライバで回す)を回すことで、補償コンデンサ Cp の容量を微調整できます。

補償調整がズレるとどうなる?|実機で観測した3パターンの波形
💡 章の要約:補償調整は1kHz方形波を入力して、画面上の角の形を見て判定します。角が とがる=過補償/鈍る=過小補償/フラット=適正です。
ほとんどのオシロには、補償調整用の「校正信号出力(CAL OUT)」端子があり、ここから1kHzの方形波が出ています。プローブをこの端子に当てて、画面の波形を見ながら調整するのが基本手順です。
Keysight DSO-X 3024A + 付属プローブ N2862B(10:1, 150MHz)で、補償ネジを意図的に回してみた結果を3パターンで示します。
🔴 過補償(over-compensated):補償コンデンサが大きすぎる状態。高周波が通り過ぎるため、方形波の立ち上がり直後にオーバーシュートが出る。角が「上に飛び出す」形。
🟢 適正(properly compensated):補償コンデンサがちょうど良い状態。方形波の角が直角に近く、平坦部分もフラット。これが目指す形。
🔵 過小補償(under-compensated):補償コンデンサが小さすぎる状態。高周波が通りにくいため、方形波の立ち上がりが鈍り、角が丸くなる。RC回路の充電カーブのような形。
重要なのは、「過小補償の波形は、スイッチング電源のリンギング波形と区別がつきにくい」こと。補償ズレを「回路の問題」と勘違いして、無駄なスナバ設計をしてしまう新人エンジニアを何度も見てきました。測定の前に必ず補償調整をする──これが現場での鉄則です。


補償調整の正しい手順|5分でできる、毎日の習慣にしたい儀式
STEP 1:プローブをCH1に接続
BNCコネクタをオシロ側にしっかり挿し込みます。
STEP 2:プローブ倍率を10×に設定
オシロ側のチャンネル設定で「Probe: 10:1」を選びます。
STEP 3:CAL OUT端子にプローブ先端を当てる
オシロの前面または背面にある「校正信号出力」または「PROBE COMP」端子。GNDワニ口クリップも近くのGND端子に。
STEP 4:方形波を画面いっぱいに表示
Auto Setボタンを押すか、手動で時間軸 200μs/div、電圧軸 500mV/div あたりに設定。
STEP 5:プローブの調整ネジを回す
付属のマイナスドライバ(または非金属ドライバ)で、方形波の角が「直角」「フラット」になるまでゆっくり回す。
STEP 6:他のチャンネルでも同じ作業を繰り返す
CH2、CH3、CH4それぞれで補償調整をします。プローブごとに個体差があるため。
所要時間は5分程度。「測定の前に必ず行う儀式」として習慣化してください。特に、共用のオシロ・プローブを使う環境では、前の人が違うオシロに接続した可能性があるため、毎回の補償調整は必須です。
電験三種「電気計測」の試験では、オシロの原理が出題されます。実務との橋渡しに、こちらも合わせてどうぞ。

客先監査で「このプローブで正しく測れていますか?」と聞かれたら
品質保証の現場では、測定データの妥当性を客先から問われることがあります。「そのプローブの校正履歴はありますか?」「補償調整はいつ行いましたか?」と聞かれたとき、次の3点で答えられるようにしておくと安全です。
① 校正の有無
「オシロ本体は年1回の社内校正を実施しており、校正シールに次回校正日が記載されています。プローブは付属品のため、本体と一体で校正されています。」
② 補償調整の実施タイミング
「測定を行う前に、CAL OUT端子の1kHz方形波で補償調整を実施しました。方形波の角がフラットになることを目視で確認しています。」
③ 測定帯域の妥当性
「測定対象の信号帯域(例:100kHz〜10MHz)に対し、プローブの帯域は150MHzあり、十分な余裕があります(5倍ルール)。」
このように、「校正・補償調整・帯域の3点セット」で答えられれば、測定の妥当性を論理的に説明できます。

よくある質問(FAQ)

まとめ|受動プローブの構造を理解すれば、毎日の測定が変わる
📌 10:1減衰の正体:9MΩ抵抗とオシロの1MΩ抵抗による分圧。被測定回路への影響を1/10に減らすのが本当の目的。
📌 補償調整の意味:抵抗比と容量比を一致させ(R₁C_p = R₂C_s)、全周波数でフラットな減衰特性を得る作業。
📌 調整不良の見分け方:1kHz方形波で「角が尖る=過補償/鈍る=過小補償/フラット=適正」。
📌 現場の鉄則:測定の前に必ず補償調整。これを怠ると、補償ズレを「回路のリンギング」と誤認する事故が起きる。
「プローブはただの黒い棒」ではありません。抵抗と容量の絶妙なバランスで成り立つ精密測定器です。この記事の内容を知っているだけで、毎日の波形観測の精度が一段上がります。
