- インバータの設計でスイッチング素子を選ぶ段階になったが、IGBTとMOSFETのどちらを使うべきか判断基準がわからない
- 「高電圧ならIGBT、低電圧ならMOSFET」とざっくり聞いたことはあるが、境界線が何Vで何kHzなのか具体的な数値が知りたい
- データシートの「Vce(sat)」「Rds(on)」「Eon/Eoff」をどう使って損失を比較すればいいのかわからない
- 最近「SiC MOSFET」が話題だが、IGBTとの棲み分けがどう変わるのか整理したい
- IGBTとMOSFETの構造上の違い(バイポーラ vs ユニポーラ)が損失特性にどう影響するか
- 導通損失とスイッチング損失の計算式と、具体的な数値例での比較
- 「電圧・周波数・電流」の3軸で即決できる選定フローチャート
- SiC MOSFETの登場でIGBTとの境界線がどう変わっているか
- 東芝の公式データに基づくアプリケーション別の使い分け表
パワーエレクトロニクスの設計で避けて通れないのが「IGBTとMOSFET、どっちを使うか」という選定判断です。教科書的には「高電圧・大電流ならIGBT、高周波・低電圧ならMOSFET」と書かれていますが、実際の設計では「うちの回路は600V/20A/15kHzだけど、どっちが有利なの?」という具体的な判断が求められます。
この記事では、その判断を「損失計算」という定量的な根拠に基づいて下す方法を解説します。導通損失とスイッチング損失の計算式を使って、「この条件ならIGBTのほうが〇〇W損失が小さい」と数字で判断できるようになることをゴールにしています。
目次
IGBTとMOSFETの本質的な違い|「電流の流し方」がすべてを決める
IGBTとMOSFETはどちらもゲート電圧でON/OFFを制御するスイッチング素子ですが、内部で電流を流す仕組みが根本的に異なります。この違いが「導通損失」と「スイッチング損失」の特性差に直結しています。
MOSFET(ユニポーラ型)
- キャリア:電子のみ(1種類)で電流を流す
- ON抵抗:Rds(on)が電圧に比例して増大 → 高耐圧になるほど損失が増える
- スイッチング:テール電流なし → 高速ON/OFFが可能
- 導通損失:P = I² × Rds(on) → 電流が増えると急激に損失増大
- たとえ:「細いホースで水を流す」→ 流量が増えると抵抗が大きくなる
IGBT(バイポーラ型)
- キャリア:電子+正孔(2種類)で電流を流す(伝導度変調)
- ON電圧:Vce(sat)がほぼ一定(1.5〜3V程度)→ 高耐圧でも損失が増えにくい
- スイッチング:テール電流あり → OFF時に「電流の残り湯」が流れ、損失が大きい
- 導通損失:P = Vce(sat) × I → 電流に比例するが、急激には増えない
- たとえ:「太いホースで水を流す」→ 流量が増えても抵抗が小さい。ただし蛇口を閉めるのが遅い
なぜIGBTは高耐圧に強いのか?|伝導度変調の威力
MOSFETのON抵抗Rds(on)は耐圧の約2.5乗に比例して増大します(Super Junction構造でも限界あり)。たとえば、200V耐圧で30mΩだったMOSFETが、600V耐圧になると200〜300mΩ以上に跳ね上がることがあります。大電流を流すと I²×Rds(on) の損失が膨大になります。
一方、IGBTは内部でバイポーラトランジスタの「伝導度変調」を利用するため、高耐圧化してもON電圧Vce(sat)は1.5〜3V程度に抑えられます。これが「600V以上の高耐圧領域ではIGBTが有利」と言われる理由です。
「高電圧ならIGBT」と言われる理由は、単純に耐圧が高いからではありません。高耐圧領域ではMOSFETのON抵抗が爆発的に増大する一方、IGBTのON電圧はほぼ一定に保たれるため、導通損失の観点でIGBTが有利になるのです。

「導通損失」と「スイッチング損失」|2つの損失の綱引き
スイッチング素子の損失は、大きく分けて導通損失(ONの間にじわじわ発生する損失)とスイッチング損失(ON/OFFの切り替え瞬間に発生する損失)の2種類です。IGBTとMOSFETの使い分けは、この2つの損失の合計(= 総損失)がどちらの素子で小さくなるかで決まります。
導通損失の計算式
スイッチング損失の計算式
Ptotal = Pcond(導通損失)+ Psw(スイッチング損失)
この合計値がIGBTとMOSFETのどちらで小さいかが、選定の決め手
IGBTは導通損失が小さい(低Vce(sat))反面、スイッチング損失が大きい(テール電流)。MOSFETはスイッチング損失が小さい(テール電流なし)反面、導通損失が大きくなりやすい(高Rds(on))。つまり、周波数が低い場面では導通損失が支配的になりIGBTが有利、周波数が高い場面ではスイッチング損失が支配的になりMOSFETが有利──これが「綱引き」の構造です。

損失計算の具体例|600V / 20A の条件でIGBTとMOSFETを比較する
実際にデータシートの値を使って、同一条件でIGBTとMOSFETの総損失を比較してみましょう。以下は架空のデバイスですが、典型的なスペックに基づく計算例です。
計算条件
| パラメータ | IGBT (600V/30A) | Si MOSFET (600V/30A) |
|---|---|---|
| 導通パラメータ | Vce(sat) = 1.8V (@20A) | Rds(on) = 190mΩ (@25℃) |
| スイッチング損失エネルギー | Eon = 0.8mJ, Eoff = 0.5mJ | Eon = 0.15mJ, Eoff = 0.10mJ |
| 動作条件 | バス電圧 400V、電流 20A、デューティ比 50% | |
計算結果:スイッチング周波数を変えたときの総損失比較
| 周波数 (fsw) |
IGBT | Si MOSFET | 有利な 素子 |
||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 導通損失 | SW損失 | 合計 | 導通損失 | SW損失 | 合計 | ||
| 5 kHz | 18.0W | 6.5W | 24.5W | 38.0W | 1.3W | 39.3W | IGBT ✓ |
| 15 kHz | 18.0W | 19.5W | 37.5W | 38.0W | 3.8W | 41.8W | ≒ 同等 |
| 50 kHz | 18.0W | 65.0W | 83.0W | 38.0W | 12.5W | 50.5W | MOSFET ✓ |
| 100 kHz | 18.0W | 130.0W | 148.0W | 38.0W | 25.0W | 63.0W | MOSFET ✓ |
※導通損失:IGBT = 1.8V × 20A × 0.5 = 18.0W、MOSFET = 20²A × 0.190Ω × 0.5 = 38.0W(デューティ50%)
※スイッチング損失:IGBT = (0.8+0.5)mJ × fsw、MOSFET = (0.15+0.10)mJ × fsw
600V/20Aの条件では、約15〜20kHzが「クロスオーバーポイント」(IGBTとMOSFETの総損失が逆転する境界)になりました。これより低い周波数ではIGBTが有利、これより高い周波数ではMOSFETが有利です。ただし、この境界はデバイスのスペックや電流条件で変わるため、必ず実際のデータシート値で計算してください。

選定フローチャート|3つの質問で「どっちを使うか」を即決する
損失計算を毎回やるのは大変です。まずは以下のフローチャートで「ざっくりとした方向性」を決め、その後に候補デバイスのデータシートで損失を比較する、という2段階の進め方がおすすめです。
🔀 IGBT vs MOSFET 選定フローチャート
(SiC MOSFETも候補)
(Rds(on)損失が大きくなる)
(I²Rds(on)が小さく済む)
このフローチャートは「最初の方向づけ」です。グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)に該当する場合は、必ず候補デバイスのデータシート値を使って前述の損失計算を行い、定量的に比較してください。温度依存性(IGBTのVce(sat)は温度が上がると増大、MOSFETのRds(on)は温度が上がると1.5〜2倍に増大)も考慮が必要です。

アプリケーション別の使い分け表|東芝の公式データに基づく整理
東芝セミコンダクターが公開しているFAQのデータを基に、スイッチング周波数帯ごとのアプリケーションと推奨素子を整理しました。
| 周波数帯 | 〜20kHz | 20〜80kHz | 80kHz〜 |
|---|---|---|---|
| IGBT領域 | 電車、HEV/EV 大容量モーター制御 産業用インバータ 産業用ロボット |
大型UPS | ─ |
| グレーゾーン (IGBT or MOSFET) |
エアコン・冷蔵庫用インバータ 中小容量モーター制御 家電(扇風機、掃除機) ファンモーター |
IH調理器(電磁調理器) | ─ |
| MOSFET領域 | ─ | 小型UPS 電動工具 PFC回路 |
スイッチング電源全般 DC-DCコンバータ 充電器 |

SiC MOSFETの登場で「IGBTの領域」が侵食されている
ここまでの話は「Si(シリコン)MOSFET vs Si IGBT」の比較でしたが、近年登場したSiC(炭化ケイ素)MOSFETがこの構図を大きく変えつつあります。
SiC MOSFETが「ゲームチェンジャー」である理由
| 特性 | Si MOSFET | Si IGBT | SiC MOSFET |
|---|---|---|---|
| 耐圧 | 〜600V が実用的 | 600V〜6500V | 650V〜1700Vが主流。高耐圧でもRds(on)が低い |
| 導通損失 | 高耐圧で大きい | 低い(Vce(sat)一定) | 高耐圧でも低い(SiCのバンドギャップが大きい) |
| スイッチング損失 | 小さい | 大きい(テール電流) | 非常に小さい(テール電流なし+高速スイッチング) |
| コスト | 安い | 中程度 | 高い(Si比で2〜5倍) |
| 適用例 | 低圧スイッチング電源 | モーター駆動、インバータ | EV用OBC・インバータ、太陽光PCS、サーバー電源 |
SiC MOSFETは「MOSFETの高速スイッチング」と「IGBTの高耐圧」を両立する素子です。特に600V〜1200V帯で20kHz以上のスイッチングが求められるアプリケーション(EV車載充電器、太陽光パワーコンディショナなど)では、IGBTからSiC MOSFETへの置き換えが急速に進んでいます。
SiC MOSFETの登場により、先ほどのフローチャートの「グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)」はSiC MOSFETが最適解になるケースが増えています。ただし、SiC MOSFETはSi IGBTの2〜5倍のコストがかかるため、「コスト制約が厳しい民生品ではSi IGBT、効率最優先のEV・産業機器ではSiC MOSFET」という棲み分けが当面続くと見られています。

IGBTの「テール電流」とVce(sat) vs Eoffのトレードオフ
IGBTを選定する上で避けて通れないのが「テール電流」の問題です。これがIGBTのスイッチング損失を大きくしている根本原因であり、同時にIGBT世代間の進化を理解するカギでもあります。
テール電流とは?|「蛇口を閉めても水が止まらない」現象
MOSFETはゲートをOFFにすると、電子が即座にチャネルから排出されて電流がゼロになります。しかしIGBTは内部にバイポーラトランジスタ構造(PNP)を持っているため、ゲートをOFFにしても、ドリフト層に蓄積された少数キャリア(正孔)が再結合するまでの間、「余韻」のように電流が流れ続けます。これがテール電流です。
IGBTの世代を比較する際に重要なのが「Vce(sat)(導通損失)とEoff(ターンオフ損失)のトレードオフ」です。ドリフト層のキャリア濃度を上げるとVce(sat)は下がりますが、ターンオフ時に排出すべきキャリアが増えるためEoffが増大します。逆にキャリア濃度を下げるとEoffは改善しますが、Vce(sat)が上がります。IGBTメーカーは世代ごとにこのトレードオフ曲線を改善し続けています(第7世代IGBTなど)。

まとめ|「損失の綱引き」を理解すれば選定で迷わない
- IGBTは導通損失が小さく、MOSFETはスイッチング損失が小さい。この2つの「綱引き」で総損失が決まる
- IGBTの導通損失 = Vce(sat) × I(電流に比例)、MOSFETの導通損失 = I² × Rds(on)(電流の2乗に比例)
- 低周波(〜20kHz)・高電圧(600V〜)・大電流ではIGBTが有利、高周波(80kHz〜)・低電圧(〜200V)ではMOSFETが有利
- グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)はデータシート値で損失計算して比較する
- SiC MOSFETの登場により、600V〜1200V帯でIGBTの領域がMOSFET側に侵食されつつある
- ただしSiCはコストが2〜5倍のため、コスト制約が厳しい場面ではSi IGBTが依然として主力
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