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こんな経験はありませんか?
インバータの設計でスイッチング素子を選ぶ段階になったが、IGBTとMOSFETのどちらを使うべきか判断基準がわからない
「高電圧ならIGBT、低電圧ならMOSFET」とざっくり聞いたことはあるが、境界線が何Vで何kHzなのか具体的な数値が知りたい
データシートの「Vce(sat)」「Rds(on)」「Eon/Eoff」をどう使って損失を比較すればいいのかわからない
最近「SiC MOSFET」が話題だが、IGBTとの棲み分けがどう変わるのか整理したい
○ この記事でわかること
IGBTとMOSFETの構造上の違い(バイポーラ vs ユニポーラ)が損失特性にどう影響するか
導通損失とスイッチング損失の計算式と、具体的な数値例での比較
「電圧・周波数・電流」の3軸で即決できる選定フローチャート
SiC MOSFETの登場でIGBTとの境界線がどう変わっているか
東芝の公式データに基づくアプリケーション別の使い分け表
パワーエレクトロニクスの設計で避けて通れないのが「IGBTとMOSFET、どっちを使うか」という選定判断です。教科書的には「高電圧・大電流ならIGBT、高周波・低電圧ならMOSFET」と書かれていますが、実際の設計では「うちの回路は600V/20A/15kHzだけど、どっちが有利なの?」という具体的な判断が求められます。
この記事では、その判断を「損失計算」 という定量的な根拠に基づいて下す方法を解説します。導通損失とスイッチング損失の計算式を使って、「この条件ならIGBTのほうが〇〇W損失が小さい」と数字で判断できるようになることをゴールにしています。
結論|まず30秒でわかる答え
IGBTは導通損失が小さく、MOSFETはスイッチング損失が小さい素子です。そのため、低い周波数(〜20kHz程度)・高電圧(600V〜)・大電流ではIGBT、高い周波数(80kHz程度〜)・低電圧(〜200V)ではMOSFETが有利です。中間の領域では、データシートの値で両方の損失を計算して比べます。
IGBTとMOSFETの本質的な違い|「電流の流し方」がすべてを決める
IGBTとMOSFETはどちらもゲート電圧でON/OFFを制御するスイッチング素子ですが、内部で電流を流す仕組みが根本的に異なります。この違いが「導通損失」と「スイッチング損失」の特性差に直結しています。
MOSFET(ユニポーラ型)
キャリア :電子のみ(1種類)で電流を流す
ON抵抗 :Rds(on)が電圧に比例して増大 → 高耐圧になるほど損失が増える
スイッチング :テール電流なし → 高速ON/OFFが可能
導通損失 :P = I² × Rds(on) → 電流が増えると急激に損失増大
たとえ :「細いホースで水を流す」→ 流量が増えると抵抗が大きくなる
IGBT(バイポーラ型)
キャリア :電子+正孔(2種類)で電流を流す(伝導度変調)
ON電圧 :Vce(sat)がほぼ一定(1.5〜3V程度)→ 高耐圧でも損失が増えにくい
スイッチング :テール電流あり → OFF時に「電流の残り湯」が流れ、損失が大きい
導通損失 :P = Vce(sat) × I → 電流に比例するが、急激には増えない
たとえ :「太いホースで水を流す」→ 流量が増えても抵抗が小さい。ただし蛇口を閉めるのが遅い
なぜIGBTは高耐圧に強いのか?|伝導度変調の威力
MOSFETのON抵抗Rds(on)は耐圧の約2.5乗に比例して増大します(Super Junction構造でも限界あり)。たとえば、200V耐圧で30mΩだったMOSFETが、600V耐圧になると200〜300mΩ以上に跳ね上がることがあります。大電流を流すと I²×Rds(on) の損失が膨大になります。
一方、IGBTは内部でバイポーラトランジスタの「伝導度変調」を利用するため、高耐圧化してもON電圧Vce(sat)は1.5〜3V程度に抑えられます。これが「600V以上の高耐圧領域ではIGBTが有利」と言われる理由です。
ポイント
「高電圧ならIGBT」と言われる理由は、単純に耐圧が高いからではありません。高耐圧領域ではMOSFETのON抵抗が爆発的に増大する一方、IGBTのON電圧はほぼ一定に保たれる ため、導通損失の観点でIGBTが有利になるのです。
「導通損失」と「スイッチング損失」|2つの損失の綱引き
スイッチング素子の損失は、大きく分けて導通損失 (ONの間にじわじわ発生する損失)とスイッチング損失 (ON/OFFの切り替え瞬間に発生する損失)の2種類です。IGBTとMOSFETの使い分けは、この2つの損失の合計(= 総損失)がどちらの素子で小さくなるかで決まります。
導通損失の計算式
MOSFETの導通損失
Pcond = I² × Rds(on)
電流の2乗に比例 → 大電流になるほど急激に増大
IGBTの導通損失
Pcond = Vce(sat) × I
電流に比例(1次関数)→ 大電流でも増加が緩やか
スイッチング損失の計算式
MOSFETのスイッチング損失
Psw = (Eon + Eoff ) × fsw
テール電流なし → Eon + Eoff が小さい → 高周波でも損失が小さい
IGBTのスイッチング損失
Psw = (Eon + Eoff ) × fsw
テール電流あり → Eoff が大きい → 周波数が上がると損失が急増
総損失
Ptotal = Pcond (導通損失)+ Psw (スイッチング損失)
この合計値がIGBTとMOSFETのどちらで小さいかが、選定の決め手
損失の「綱引き」を理解する
IGBTは導通損失が小さい(低Vce(sat))反面、スイッチング損失が大きい(テール電流)。MOSFETはスイッチング損失が小さい(テール電流なし)反面、導通損失が大きくなりやすい(高Rds(on))。つまり、周波数が低い場面では導通損失が支配的になりIGBTが有利、周波数が高い場面ではスイッチング損失が支配的になりMOSFETが有利 ──これが「綱引き」の構造です。
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損失計算の具体例|600V / 20A の条件でIGBTとMOSFETを比較する
実際にデータシートの値を使って、同一条件でIGBTとMOSFETの総損失を比較してみましょう。以下は架空のデバイスですが、典型的なスペックに基づく計算例です。
計算条件
パラメータ
IGBT (600V/30A)
Si MOSFET (600V/30A)
導通パラメータ
Vce(sat) = 1.8V (@20A)
Rds(on) = 190mΩ (@25℃)
スイッチング損失エネルギー
Eon = 0.8mJ, Eoff = 0.5mJ
Eon = 0.15mJ, Eoff = 0.10mJ
動作条件
バス電圧 400V、電流 20A、デューティ比 50%
計算結果:スイッチング周波数を変えたときの総損失比較
周波数 (fsw )
IGBT
Si MOSFET
有利な 素子
導通損失
SW損失
合計
導通損失
SW損失
合計
5 kHz
18.0W
6.5W
24.5W
38.0W
1.3W
39.3W
IGBT
15 kHz
18.0W
19.5W
37.5W
38.0W
3.8W
41.8W
≒ 同等
50 kHz
18.0W
65.0W
83.0W
38.0W
12.5W
50.5W
MOSFET
100 kHz
18.0W
130.0W
148.0W
38.0W
25.0W
63.0W
MOSFET
※導通損失:IGBT = 1.8V × 20A × 0.5 = 18.0W、MOSFET = 20²A × 0.190Ω × 0.5 = 38.0W(デューティ50%)
※スイッチング損失:IGBT = (0.8+0.5)mJ × fsw、MOSFET = (0.15+0.10)mJ × fsw
この計算からわかること
600V/20Aの条件では、約15〜20kHzが「クロスオーバーポイント」 (IGBTとMOSFETの総損失が逆転する境界)になりました。これより低い周波数ではIGBTが有利、これより高い周波数ではMOSFETが有利です。ただし、この境界はデバイスのスペックや電流条件で変わるため、必ず実際のデータシート値で計算してください。
選定フローチャート|3つの質問で「どっちを使うか」を即決する
損失計算を毎回やるのは大変です。まずは以下のフローチャートで「ざっくりとした方向性」を決め、その後に候補デバイスのデータシートで損失を比較する、という2段階の進め方がおすすめです。
IGBT vs MOSFET 選定フローチャート
≥ 600V
↓
→ IGBT 有力(SiC MOSFETも候補)
20〜80kHz
↓
→ Q3へ(損失計算で比較)
大電流(> 15〜20A)
↓
→ IGBT 有利(Rds(on)損失が大きくなる)
小電流(≤ 10A程度)
↓
→ MOSFET 有利(I²Rds(on)が小さく済む)
現場の声
このフローチャートは「最初の方向づけ」です。グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)に該当する場合は、必ず候補デバイスのデータシート値を使って前述の損失計算を行い、定量的に比較してください。温度依存性(IGBTのVce(sat)は温度が上がると増大、MOSFETのRds(on)は温度が上がると1.5〜2倍に増大)も考慮が必要です。
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周波数帯
〜20kHz
20〜80kHz
80kHz〜
IGBT領域
電車、HEV/EV 大容量モーター制御 産業用インバータ 産業用ロボット
大型UPS
─
グレーゾーン (IGBT or MOSFET)
エアコン・冷蔵庫用インバータ 中小容量モーター制御 家電(扇風機、掃除機) ファンモーター
IH調理器(電磁調理器)
─
MOSFET領域
─
小型UPS 電動工具 PFC回路
スイッチング電源全般 DC-DCコンバータ 充電器
SiC MOSFETの登場で「IGBTの領域」が侵食されている
ここまでの話は「Si(シリコン)MOSFET vs Si IGBT」の比較でしたが、近年登場したSiC(炭化ケイ素)MOSFET がこの構図を大きく変えつつあります。
SiC MOSFETが「ゲームチェンジャー」である理由
特性
Si MOSFET
Si IGBT
SiC MOSFET
耐圧
〜600V が実用的
600V〜6500V
650V〜1700Vが主流。高耐圧でもRds(on)が低い
導通損失
高耐圧で大きい
低い(Vce(sat)一定)
高耐圧でも低い(SiCのバンドギャップが大きい)
スイッチング損失
小さい
大きい(テール電流)
非常に小さい(テール電流なし+高速スイッチング)
コスト
安い
中程度
高い(Si比で2〜5倍)
適用例
低圧スイッチング電源
モーター駆動、インバータ
EV用OBC・インバータ、太陽光PCS、サーバー電源
SiC MOSFETは「MOSFETの高速スイッチング」と「IGBTの高耐圧」を両立する素子です。特に600V〜1200V帯で20kHz以上のスイッチング が求められるアプリケーション(EV車載充電器、太陽光パワーコンディショナなど)では、IGBTからSiC MOSFETへの置き換えが急速に進んでいます。
2026年時点での棲み分け
SiC MOSFETの登場により、先ほどのフローチャートの「グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)」はSiC MOSFETが最適解になるケースが増えています。ただし、SiC MOSFETはSi IGBTの2〜5倍のコストがかかるため、「コスト制約が厳しい民生品ではSi IGBT、効率最優先のEV・産業機器ではSiC MOSFET」 という棲み分けが当面続くと見られています。
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IGBTの「テール電流」とVce(sat) vs Eoffのトレードオフ
IGBTを選定する上で避けて通れないのが「テール電流」 の問題です。これがIGBTのスイッチング損失を大きくしている根本原因であり、同時にIGBT世代間の進化を理解するカギでもあります。
テール電流とは?|「蛇口を閉めても水が止まらない」現象
MOSFETはゲートをOFFにすると、電子が即座にチャネルから排出されて電流がゼロになります。しかしIGBTは内部にバイポーラトランジスタ構造(PNP)を持っているため、ゲートをOFFにしても、ドリフト層に蓄積された少数キャリア(正孔) が再結合するまでの間、「余韻」のように電流が流れ続けます。これがテール電流です。
Vce(sat) vs Eoff のトレードオフ
IGBTの世代を比較する際に重要なのが「Vce(sat)(導通損失)とEoff(ターンオフ損失)のトレードオフ 」です。ドリフト層のキャリア濃度を上げるとVce(sat)は下がりますが、ターンオフ時に排出すべきキャリアが増えるためEoffが増大します。逆にキャリア濃度を下げるとEoffは改善しますが、Vce(sat)が上がります。IGBTメーカーは世代ごとにこのトレードオフ曲線を改善し続けています(第7世代IGBTなど)。
まとめ|「損失の綱引き」を理解すれば選定で迷わない
この記事の要点
IGBTは導通損失が小さく、MOSFETはスイッチング損失が小さい 。この2つの「綱引き」で総損失が決まる
IGBTの導通損失 = Vce(sat) × I(電流に比例)、MOSFETの導通損失 = I² × Rds(on)(電流の2乗に比例)
低周波(〜20kHz)・高電圧(600V〜)・大電流 ではIGBTが有利、高周波(80kHz〜)・低電圧(〜200V) ではMOSFETが有利
グレーゾーン(200〜600V、20〜80kHz)はデータシート値で損失計算して比較 する
SiC MOSFET の登場により、600V〜1200V帯でIGBTの領域がMOSFET側に侵食されつつある
ただしSiCはコストが2〜5倍のため、コスト制約が厳しい場面ではSi IGBTが依然として主力
テーマ別に、もっと深く学ぶ
気になるところから読んでも大丈夫です。どの記事も、はじめて学ぶ人向けにやさしく書いています。
つまずきやすい「違い」を一気に解決
計算力アップ・資格対策
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パワーエレクトロニクスの設計は奥が深く、一人で黙々と学んでいると「このまま今の会社で設計を続けていいのか」と迷うこともあるかもしれません。そんなときは、電験三種のような国家資格で自分のスキルを「見える化」するのも一つの手です。
電験三種で人生の防波堤を築く「最短攻略」ロードマップ →
S
シラス
電験三種・QC検定1級 / メーカーでパワエレ設計・品質保証 実務10年
メーカーで電気設計と品質保証に携わってきた経験をもとに執筆しています。むずかしい専門用語をできるだけ使わず、はじめて学ぶ人がつまずかないように、図とたとえで説明することを大切にしています。