- 「MOSFETのゲート駆動は理解したけど、IGBTは何が違うの?同じでしょ?」
- 「IGBTのターンオフ波形に謎の"しっぽ"みたいな電流が見える…これ何?」
- 「VCE(sat)が低いIGBTを選んだのに、なぜかスイッチング損失が大きくて発熱する」
- 「ゲート駆動回路、MOSFETと同じ設計でいいんじゃないの?」
- IGBTの内部構造──「MOSFETの入力+バイポーラの出力」の意味
- MOSFETにはない「テール電流」の正体と、OFF時に問題になる物理的な理由
- ミラープラトー電圧がMOSFETより高くなる理由
- VCE(sat)とスイッチング損失の「あちらを立てればこちらが立たず」関係
- IGBTのゲート電荷曲線(Qgカーブ)の読み方
MOSFETのゲート駆動を学んだ後、次にIGBTの設計に取り組もうとすると、「同じ電圧制御デバイスだし、ゲート駆動も同じでいいだろう」と思いがちです。
結論から言えば、基本的な仕組みは同じだけど、「気をつけるべきポイント」が全く違います。
その違いを生み出しているのが、IGBTの内部に住んでいる「バイポーラトランジスタ」の存在です。この記事では、IGBTがMOSFETとどう違い、ゲート駆動設計で何に注意すべきかを、「テール電流」「ミラープラトー」「VCE(sat)」の3つのキーワードで完全図解します。
本記事は「IGBTゲート駆動回路の設計シリーズ」の第1回です。まずはIGBTの特性を理解し、「なぜMOSFETと同じ設計ではダメなのか」の"なぜ"を掴んでください。具体的な回路設計は第2回以降で扱います。
目次
IGBTの構造おさらい──「MOSFETの入力+バイポーラの出力」とは
IGBTの正式名称は Insulated Gate Bipolar Transistor(絶縁ゲート バイポーラ トランジスタ)です。名前の通り、MOSFETとバイポーラトランジスタ(BJT)の「いいとこ取り」をしたデバイスです。
IGBTの等価回路──「門番はMOSFET、力持ちはBJT」
IGBTの内部構造を最もわかりやすく理解する方法は、等価回路で見ることです。IGBTの中には「MOSFET」と「PNPトランジスタ」が一体化されています。
コレクタ(C)
|
[PNPトランジスタ] ← 大電流を流す「力持ち」
|
ゲート(G)──[MOSFET] ← 電圧で制御する「門番」
|
エミッタ(E)
入力側:MOSFET
ゲートに電圧をかけるとON。
電圧制御だからゲート電流≈ゼロ。
MOSFETと同じように駆動できる。
→ 「駆動がラク」という長所を担当
出力側:PNPトランジスタ
電子と正孔の両方で電流を運ぶ。
「伝導度変調」でオン抵抗が劇的に低下。
大電流・高耐圧に対応。
→ 「大電力に強い」という長所を担当
つまりIGBTとは、「MOSFETの扱いやすさで、バイポーラの大電力を制御できるデバイス」です。ゲート駆動の「入力」はMOSFETそのものなので、基本的な駆動方法──ゲートに電圧をかけてON、電圧を下げてOFF──はMOSFETと変わりません。
しかし、「出力側のバイポーラ」の存在が、ゲート駆動設計に3つの「MOSFETにはない課題」を突きつけてきます。

違い①:テール電流──MOSFETにはない「しっぽ」が生える
テール電流とは何か?──「残業する正孔たち」
IGBTのターンオフ波形をオシロスコープで観測すると、ゲートを閉じた後にも電流がダラダラと流れ続ける区間が見えます。これがテール電流(tail current)です。
MOSFETのターンオフ波形にはこれがありません。MOSFETはゲートをOFFにすれば、電流はスパッと切れます。なぜIGBTだけ「しっぽ」が生えるのでしょうか?
答えは、IGBTの出力側にあるバイポーラ構造──正確には「ドリフト層に蓄積された少数キャリア(正孔)」にあります。
テール電流が生まれるメカニズム──工場の「帰宅中の作業員」で理解する
わかりやすいように、工場で例えてみましょう。
IGBTがONしている間、ドリフト層(工場のフロア)には大量の正孔(作業員)が流れ込んでいます。この正孔のおかげで電気抵抗が下がり、大電流を低損失で流せます(伝導度変調)。工場は大忙しで、フロアは作業員でいっぱいです。
ゲート電圧が下がると、MOSFETチャネルが閉じます。これは「終業のベルが鳴った」状態です。新しい作業員(電子)の流入は止まります。
しかし、フロアにはまだ大量の作業員(正孔)が残っています。彼らは「終業のベル」を聞いても、一瞬では帰宅できません。一人ひとりがゆっくりと退場(再結合で消滅)するのを待つしかない。この「帰宅中の作業員が出口に向かって歩いている時間」がテール電流です。
IGBTがONの間、PNPトランジスタの動作により、n⁻ドリフト層に大量の少数キャリア(正孔)が注入・蓄積されます(伝導度変調)。ゲートOFFでMOSFETチャネルが閉じても、ドリフト層に蓄積された正孔は「再結合」によって消滅するまで流れ続けます。この再結合が完了するまでの間に流れるのがテール電流です。
テール電流がゲート駆動設計に与える影響
テール電流が流れている間、IGBTのコレクタ-エミッタ間には高いVCE電圧がかかっています。つまり「高電圧×電流」の状態が、MOSFETよりも長く続くことになります。
MOSFET
ゲートOFF → 電流がスパッと切れる
テール電流なし
ターンオフ損失が小さい
IGBT
ゲートOFF → 電流がダラダラ残る
テール電流あり(数百ns〜数μs)
ターンオフ損失が大きい
テール電流はゲート電圧をいくら工夫しても完全にはなくせません。なぜなら、これはゲートの問題ではなく、デバイス内部の物理現象(再結合)だからです。ゲート駆動設計者にできるのは、「テール電流が始まる前のフェーズ(ゲート電荷の引き抜き)を素早く行い、全体のターンオフ損失を最小化すること」、そして「テール電流による損失を許容できるようにスイッチング周波数や放熱を設計すること」です。

違い②:ミラープラトー電圧が高い──「門番が重い荷物を持っている」
ミラープラトーとは何か?──ゲート電圧が「止まる」区間
MOSFETやIGBTのターンオン波形を見ると、ゲート電圧が上昇する途中で一時的にフラットになる区間があります。これが「ミラープラトー(Miller Plateau)」です。
この区間では何が起きているかというと、ゲート駆動電流のほとんどがミラー容量(CGC:ゲート-コレクタ間容量)の充電に使われています。コレクタ-エミッタ間電圧(VCE)が高い状態から低い状態に変化する間、ミラー容量を通じて大量の電荷が移動する必要があるため、ゲート電圧が「足踏み」するのです。
📊 ゲート電圧波形のイメージ(ターンオン時)
VGE
15V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ /===
/
7V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ /===== ← IGBT ミラープラトー
5V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ /===== ← MOSFET ミラープラトー
/
0V ──────/
→ 時間
なぜIGBTのミラープラトーはMOSFETより高いのか
ミラープラトーの電圧レベルは、デバイスが負荷電流を完全に流すために必要なゲート電圧で決まります。具体的には以下の式で近似できます。
Vth = しきい値電圧、IC = コレクタ電流、gfs = 相互コンダクタンス
IGBTはMOSFETに比べて一般的に相互コンダクタンス(gfs)が低い傾向があります。同じ電流を流すためにはより高いゲート電圧が必要であり、結果としてミラープラトーの電圧レベルが高くなります。典型的な値でいえば、MOSFETのミラープラトーが4〜6V程度なのに対し、IGBTでは6〜9V程度になります。
| 項目 | MOSFET(典型値) | IGBT(典型値) |
|---|---|---|
| しきい値電圧 Vth | 2〜4V | 4〜6V |
| ミラープラトー電圧 | 4〜6V | 6〜9V |
| 推奨ゲート駆動電圧 | 10〜12V | +15V(/ -5〜-15V) |
ミラープラトーが高いということは、ゲートドライバが「最も頑張る必要がある区間」の電圧が高いことを意味します。ゲートドライバの出力電圧がVCC=12Vの場合、ミラープラトー付近で「VCC − VMiller」が小さくなり、供給できる電流が減少します。そのためIGBTではVCC=+15Vを推奨するメーカーがほとんどです。MOSFETのように10〜12Vで駆動すると、ミラープラトーで電流が不足し、スイッチングが遅くなる可能性があります。

違い③:VCE(sat)と損失のトレードオフ──「燃費」と「加速性能」は両立しない
VCE(sat)とは?──IGBTの「燃費」を決めるパラメータ
MOSFETのオン時の損失はRDS(on)(オン抵抗)で決まりますが、IGBTのオン時の損失はVCE(sat)(コレクタ-エミッタ間飽和電圧)で決まります。
MOSFETは「抵抗」なので、電流が小さければ電圧降下も小さい(V=I×R)。一方IGBTは、内部のpn接合により電流がゼロでも約0.7〜1.5Vの「固定の電圧降下」が存在します。これにIC×RDS(on)相当の電圧降下が加わったものがVCE(sat)です。
MOSFET:抵抗的
損失 = I² × RDS(on)
低電流時:損失が非常に小さい
高電流時:I²で損失が急増
低電圧・小電流で有利
IGBT:pn接合+抵抗的
損失 = VCE(sat) × IC
低電流でも「固定電圧」分の損失あり
高電流ではMOSFETほど急増しない
高電圧・大電流で有利
「あちらを立てればこちらが立たず」──VCE(sat) vs Eoff のトレードオフ
ここがIGBT設計の最も重要なポイントです。
IGBTのドリフト層に正孔を大量に注入すれば、伝導度変調が強く働いてVCE(sat)が下がります(導通損失が減る)。しかしその代わり、ターンオフ時に排出しなければならない正孔の量が増えるため、テール電流が長くなり、ターンオフ損失(Eoff)が増えます。
逆に、正孔の注入を抑えれば、テール電流は短くなってEoffは下がりますが、VCE(sat)が上がります。
⚖️ IGBTの宿命的トレードオフ
VCE(sat) 低い
導通損失が小さい
低速スイッチング向き
Eoff 低い
スイッチング損失が小さい
高速スイッチング向き
両方を同時に最小化することは物理的に不可能。用途に合わせて選ぶ。
IGBTメーカーは、同じ電圧・電流定格で「高速型(Eoff優先)」と「低損失型(VCE(sat)優先)」のラインナップを用意しています。スイッチング周波数が高い用途(5kHz以上)では高速型、低い用途(1kHz以下のモータ駆動など)では低損失型を選ぶのが基本です。ゲート駆動回路の設計は、選んだIGBTの特性に合わせて最適化する必要があります。

MOSFETとIGBTの違いを一覧で整理する
ここまでの内容を1つの比較表にまとめます。ゲート駆動設計に関係する項目に絞っています。
| 比較項目 | MOSFET | IGBT |
|---|---|---|
| 制御方式 | 電圧制御 | 電圧制御(入力がMOSFET) |
| 端子名 | ゲート(G)・ドレイン(D)・ソース(S) | ゲート(G)・コレクタ(C)・エミッタ(E) |
| 推奨ON電圧 | 10〜12V | +15V |
| 推奨OFF電圧 | 0V | -5V〜-15V(負電圧推奨) |
| テール電流 | なし | あり(数百ns〜数μs) |
| ミラープラトー電圧 | 4〜6V | 6〜9V |
| オン損失の指標 | RDS(on) [mΩ] | VCE(sat) [V] |
| 導通損失 vs SW損失 | SW損失が小さい(高速向き) | 導通損失が小さい(大電力向き) |
| 適正スイッチング周波数 | 100kHz〜数MHz | 1kHz〜30kHz |
| 短絡保護 | 電流検出(シャント抵抗等) | DESAT検出(VCE監視)+SSD |

IGBTのゲート電荷曲線(Qgカーブ)の読み方
Qgカーブは「ゲート駆動の設計図」
IGBTのデータシートには、横軸にゲート電荷量(Qg)、縦軸にゲート-エミッタ間電圧(VGE)をプロットした「ゲート電荷特性カーブ」が掲載されています。このグラフを正しく読めるかどうかで、ゲート駆動回路の設計品質が変わります。
📊 Qgカーブの模式図
VGE
15V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ●
/
/
7V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ●───────────● ← ミラープラトー
/
5V ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ● ← Vth到達
/
0V ●─────────
0 Qge Qgc Qg(total)
→ ゲート電荷 Qg [nC]
このカーブは3つの区間に分かれており、それぞれ異なる物理現象が起きています。
ゲート-エミッタ間容量(CGE)の充電区間。VGEがゼロからしきい値電圧(Vth)を超えてミラープラトーに到達するまで。この間、コレクタ電流が立ち上がります。電圧が急に上がるのは、CGEが比較的小さい容量だからです。
ミラー容量(CGC)の充電区間。VGEは一定のまま「足踏み」し、駆動電流はすべてCGCの充電に使われます。この間にVCEが高い値から低い値(VCE(sat))に変化します。ここがスイッチング損失に最も影響する区間です。
オーバードライブ区間。VGEがミラープラトーから最終値(+15V)まで上昇。VCE(sat)をさらに低くするための「ダメ押し充電」です。
ゲート駆動回路の設計で最も重要なのは、区間②のQgc(ミラー電荷)です。この値が大きいIGBTは、ミラープラトーが長く、スイッチング時間が長くなります。ゲート駆動回路は、この区間で十分な電流を供給できるよう設計する必要があります。Qg(total)は「必要な合計電荷」を示すので、ゲート駆動電源の容量設計に使います。

結局、ゲート駆動設計で何が変わるのか?──5つの設計変更点
ここまでの3つの違いを踏まえて、MOSFETのゲート駆動設計からIGBTに移行するときに具体的に何を変えなければならないかを整理します。
| 変更点 | MOSFETのとき | IGBTではこう変える | 理由 |
|---|---|---|---|
| ❶ ON電圧 | 10〜12V | +15V | ミラープラトーが高い |
| ❷ OFF電圧 | 0V | -5V〜-15V | dv/dt誤点弧防止 |
| ❸ 電源構成 | 単電源 or ブートストラップ | 絶縁型正負電源(+15V/-8V等) | 負電圧が必要 |
| ❹ 保護回路 | 過電流検出(シャント) | DESAT検出+ソフトシャットダウン | 短絡耐量が有限(5〜10μs) |
| ❺ RG設計 | 数Ω〜数十Ω | ON用/OFF用を分離、dv/dtとEoffのバランス | テール電流+VCE(sat)トレードオフ |
MOSFETのゲート駆動回路をそのままIGBTに流用することです。特に「OFF電圧が0V」「保護回路なし」「ブートストラップ方式」の3点が揃っている場合、IGBTの誤点弧→アーム短絡→素子破壊という最悪のシナリオが現実的に起こり得ます。

まとめ:IGBTのゲート駆動は「バイポーラの存在」で全てが変わる
② テール電流:ドリフト層に蓄積された少数キャリア(正孔)が再結合で消滅するまで流れ続ける。ゲートでは制御できない。ターンオフ損失の主因
③ ミラープラトー:IGBTはMOSFETより高い電圧レベル(6〜9V)。ゲート駆動電圧は+15Vが推奨
④ VCE(sat) vs Eoff:導通損失を下げるとスイッチング損失が上がる宿命的トレードオフ。用途に合わせてIGBTを選び、ゲート駆動を最適化する
⑤ Qgカーブ:3つの区間(CGE充電→ミラー充電→オーバードライブ)を理解すれば、駆動回路の要求仕様が導き出せる
IGBTとMOSFETは「ゲートに電圧をかけてON/OFFする」という点では同じです。しかし、IGBTの内部に住んでいるバイポーラトランジスタが「テール電流」「高いミラープラトー」「VCE(sat)とEoffのトレードオフ」という3つの課題を生み出しています。
この3つを理解した今、次に知るべきは「なぜIGBTには負電圧(-5V〜-15V)が必要なのか」です。次回の記事で、dv/dtによる誤点弧のメカニズムと、負電圧駆動の設計方法を詳しく解説します。
📚 次に読むべき記事
IGBTの基本構造と動作原理を、さらに詳しく図解した入門記事
どちらを使うべきか迷ったらこの記事。用途別の選定フローチャート付き
ゲート駆動回路の基礎。MOSFET向けの解説ですが、IGBTにもそのまま使える知識
📖 参考資料・参考サイト
この記事の技術的内容は、以下のメーカー技術資料を参考にしています。より深く学びたい方はぜひご覧ください。
Fundamentals of MOSFET and IGBT Gate Driver Circuits (SLUA618A) →
TI公式のゲート駆動回路設計ガイド。MOSFETとIGBTのスイッチング過程を詳細に解説した必読文書(英語・PDF)
FAQs on Miller plateau region for IGBT, SiC, and MOSFETs →
IGBT・SiC・MOSFETのミラープラトー特性について、よくある質問形式でまとめた技術記事(英語)
How Gate Charge Impacts Switching Performance in MOSFETs and IGBTs →
ゲート電荷がスイッチング性能に与える影響を、MOSFETとIGBTの比較で解説(英語)
IGBTs (Insulated Gate Bipolar Transistor) アプリケーションノート →
VCE(sat)とスイッチング損失のトレードオフについて、図表を交えて解説(日本語・PDF)
パワーエレクトロニクスの知識は、電験三種の「機械」科目でも頻出です。IGBTやインバータの原理を理解することは、資格取得にも直結します。もし「この知識を体系的に学んで、キャリアの武器にしたい」と思ったら、こちらの記事も参考にしてみてください。
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