ダイオードのデータシートを開いて「Reverse Current(IR)= 5μA @ VR=1000V, Tj=25℃」という記載を見たことがありませんか?
「ダイオードは逆方向には電流を流さない」と習ったのに、なぜμAレベルの電流が流れる前提で書かれているのか。しかも温度条件が併記されているのはなぜか…
前回の直列接続の記事で「漏れ電流のバラつきで電圧が偏る」と説明しました。今回はその「漏れ電流(リーク電流、IR)」そのものの正体を、半導体の中で何が起きているかから解き明かしていきます。
- そもそもリーク電流って何?なぜゼロじゃないの?
- データシートの「IR = 5μA」はどう読めばいい?
- なぜ温度が上がるとリーク電流が増えるのか?
- 実際の設計でどう扱えばいい?
- リーク電流の物理的な正体(半導体の中で何が起きているか)
- 温度でIRが「2倍ずつ増える」法則とその理由
- ダイオード種類別のIRの違い(Si、SBD、SiC)
- 設計で「IRを無視できる場合」と「無視できない場合」
ダイオードを直列接続して耐圧を上げる方法|電圧バランス抵抗の入れ方 →
目次
結論:リーク電流とは「逆電圧でも、わずかに漏れる電流」のこと
先に結論を言います。リーク電流(IR:Reverse Current)とは、ダイオードに逆方向の電圧をかけたときに、本来ゼロのはずなのに、ごくわずかに流れてしまう電流のことです。
① ダイオードは「完全な絶縁体ではない」。逆方向でも必ず微小電流が流れる
② リーク電流は温度に強く依存する(10℃で約2倍、目安)
③ 通常のシリコン整流ダイオードならμA〜数十μAレベル
リーク電流の典型値は数μA程度なので、大電流回路では完全に無視できます。でも、高電圧の直列接続、高温環境、長時間の充電保持回路など、特定の場面では設計を狂わせる原因になる。
なぜリーク電流が発生するのか、なぜ温度で増えるのか、半導体の中身を覗いていきましょう。

まずはダイオードの中身を復習しよう
リーク電流の正体を理解するには、ダイオードの中で何が起きているかを少しだけ知る必要があります。怖がらずについてきてください。
ダイオード=「P型」と「N型」のサンドイッチ
ダイオードは、P型半導体とN型半導体を貼り合わせた構造です。
P型半導体
- 正孔(ホール)が多数キャリア
- 電子が足りない状態
- 「+」を運ぶ側
N型半導体
- 電子が多数キャリア
- 電子が余っている状態
- 「−」を運ぶ側
境目には「空乏層」という壁ができる
PとNを貼り合わせると、境目で電子と正孔が再結合して消滅し、「空乏層(くうぼうそう)」と呼ばれる中性のエリアができます。ここはキャリアがほとんどいない、つまり電気をほぼ通さない壁です。
順方向電圧をかける → 空乏層が薄くなって、電流が流れる
逆方向電圧をかける → 空乏層が厚くなって、壁が高くなる
でも、その「壁」も完璧ではない。これがリーク電流の出発点です。

水道管のたとえで完全理解:「閉じてるけど漏れる」蛇口
半導体の話はここまで。あとは田中さんが知っている世界に置き換えましょう。
逆電圧をかけられたダイオードは、「閉めたつもりだけど、わずかに漏れる蛇口」と全く同じです。
新品の蛇口でも、完全にゼロにはできない。パッキンの隙間や、内部のわずかな歪みから、ポタッ…ポタッ…と水が漏れる。これがリーク電流の正体です。
なぜ完全に閉まらないのか
ダイオードの空乏層は確かに「壁」ですが、いくつかの理由で完全な絶縁にはなりません。
| 原因 | 何が起きているか |
|---|---|
| 熱励起によるキャリア生成 | 温度のせいで、空乏層の中でも電子と正孔のペアが自然発生し、それが電流になる |
| 少数キャリアの拡散 | P型にもごく少数の電子が、N型にもごく少数の正孔が存在し、それが空乏層を抜けてしまう |
| 表面リーク | 半導体表面の不純物や酸化膜の界面を電流が流れる |
全部覚える必要はありません。「半導体は熱や不純物の影響で、完全には電流を止められない」と理解できればOKです。

リーク電流の最重要ポイント:温度で爆発的に増える
ここがリーク電流の一番大事な性質です。データシートに「Tj=25℃」と温度条件が必ず書かれているのには理由があります。
シリコンダイオードのリーク電流は、温度が10℃上がるごとに約2倍になります。
つまり:
・25℃で 5μA → 35℃で 10μA → 45℃で 20μA → 55℃で 40μA …
どれくらい増えるか実感してみよう
| 温度 | 25℃時に5μAの場合のIR | 25℃の何倍? |
|---|---|---|
| 25℃ | 5 μA | 1倍 |
| 45℃ | 20 μA | 4倍 |
| 65℃ | 80 μA | 16倍 |
| 85℃ | 320 μA | 64倍 |
| 125℃ | 5120 μA (≒5mA) | 1024倍 |
25℃でわずか5μAだったリーク電流が、125℃の高温環境では1024倍の5mAにまで増える。これがリーク電流の本当の怖さです。
温度が上がると、半導体内部の原子が激しく振動します。その熱エネルギーで、電子が「縛られていた場所」から飛び出し、自由に動けるようになる。つまり「熱で電子が活発になる→電流が増える」という単純な仕組みです。
これは半導体全般に共通する性質で、トランジスタもFETも同じ。


データシートの「IR」表記を読み解く
実際のダイオードのデータシートには、リーク電流がどう書かれているか見てみましょう。
📋 典型的なデータシートの記載例
VR = 1000V, Tj = 25℃ ……… 5 μA (Typ.) / 10 μA (Max.)
VR = 1000V, Tj = 100℃ ……… 500 μA (Typ.) / 1 mA (Max.)
読み取るべき4つの情報
「逆耐圧の最大値で測ったとき」のIR。実際の使用電圧が小さければ、IRももう少し小さくなる。
「ダイオード内部の温度」のこと。周囲温度(Ta)ではない点に注意。Tjは内部発熱で必ずTaより高い。
「平均的な個体のIR」。設計の参考にはなるが、最悪値ではない。
設計はこちらを基準に!「どの個体でも、これ以下に収まる」という保証値。安全マージンを取りたいなら必ずMaxを使う。
「使用温度のMax値」で計算するのが鉄則。たとえば動作温度が100℃まで上がる回路なら、25℃のTyp.値ではなく、100℃のMax.値を使う。
データシートに100℃時のIRが書かれていない場合は、「10℃で2倍」の経験則で推定する。

ダイオード種類別|リーク電流の傾向
リーク電流はダイオードの種類によって大きく違います。代表的な3種類を比較してみましょう。
| 種類 | IR(典型値) | 特徴 |
|---|---|---|
| シリコン整流ダイオード | 数μA〜数十μA | 標準的。整流用途で最もよく使われる |
| ショットキー(SBD) | 数十μA〜数mA | Vfが低い代わりにIRがかなり大きい。高速・低損失だが温度に弱い |
| SiCショットキー | 数十nA〜数μA | 次世代の高耐圧・低リーク。価格が高い |
| FRD(ファストリカバリ) | 数μA〜数十μA | シリコンと同等。スイッチング速度を上げた製品 |
特に注意:ショットキーバリアダイオード(SBD)
SBDは「Vfが低くて高効率」というメリットの裏で、リーク電流が普通のシリコン品の10倍〜100倍あります。これは構造上の宿命です。
SBDは高温でリーク電流が爆発的に増えるため、「リーク電流による発熱→さらに温度上昇→リークさらに増加」という熱暴走を起こすことがあります。
高温環境で使うときは、必ず最大温度時のIR値で発熱量を試算してください。

リーク電流が実設計で問題になる4つの場面
「数μA程度ならどうでもいいんじゃ?」と思いきや、特定の場面では大問題になります。
① 高電圧の直列接続
前回の直列接続の記事で解説した通り、各ダイオードのIRがバラつくと、電圧が偏って片方が破壊されます。μAレベルのバラつきが、kVレベルの電圧差を生むのがリーク電流の怖さ。
② 電荷保持回路(サンプルホールド・ピーク検出など)
コンデンサに電荷を貯めて、それを長時間保持するような回路。ダイオードのリーク電流があると、その電荷が少しずつ抜けてしまいます。
1μFのコンデンサに10Vを保持。ダイオードのIR=1μAだとすると:
1秒間に放電される電圧:ΔV = I × t / C = 1μA × 1秒 ÷ 1μF = 1V
→たった1秒で10%も電圧が落ちる。長時間保持は不可能。
③ 高温環境(自動車、産業機器など)
田中さんが担当する自動車部品のようなエンジンルーム周辺(最大125℃〜150℃)では、25℃時の1000倍以上のIRが流れます。常温で問題なくても、実車で発火事故になるケースも。
④ 待機電力が厳しい製品(電池駆動・IoT機器)
ボタン電池で何年も動かすようなIoTセンサーでは、μAオーダーのリーク電流が寿命を決めます。小さな電池容量に対して、リーク電流の影響が無視できません。
・大電流回路(数A以上)→ μAは誤差
・常温環境で使う家電 → 想定温度が低い
・短時間動作の電源(PCのACアダプタなど)→ 影響が積算しない

リーク電流が問題になる時の対策
低リーク品を選ぶ
SiCショットキーや、選別された低IR品を使う。コストとのトレードオフ。
放熱を強化して接合温度を下げる
大きなヒートシンク、強制空冷、サーマルビアの増設など。Tjが下がればIRも下がる。
並列に他の経路を用意する
電荷保持回路なら、リーク電流より大きな電流を別経路から供給して相殺する。
使用温度を制限する
そもそも高温環境で使わない。製品仕様で動作温度範囲を狭める判断も時には必要。

まとめ:リーク電流の5つの要点
- リーク電流(IR)とは、ダイオードに逆電圧をかけても流れてしまう微小電流
- 原因は、空乏層を通り抜けてしまう熱励起キャリアや少数キャリア
- 温度10℃上昇でIRは約2倍。125℃なら25℃の1000倍超
- SBDは特にIRが大きい。SiCショットキーは逆にとても小さい
- 大電流回路では無視OK。高電圧直列・電荷保持・高温環境では必ず考慮
「ダイオードは逆方向には流れない」という基本ルールは、あくまで「ほぼ」の話。実際には微小なリーク電流が必ず流れていて、特に高温では無視できないレベルまで増えます。
田中さんが次にデータシートを開いたとき、「IR = 5μA @ Tj=25℃」の数字を見て、「100℃ならこの1000倍か」と瞬時に頭で計算できれば、もう一人前です。客先監査で「このIR値は何度時の保証ですか?」と聞かれても、自信を持って答えられますね。
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