「定格内で動かしているはずのMOSFETが、ある瞬間から急激に温度が上がって、気づいたら煙が出ていた…」
「シミュレーションでは余裕があったはずなのに、実機で測定したら温度が一気に跳ね上がった…」
こんな経験、もしくは話を聞いたことはありませんか?
これは「熱暴走(Thermal Runaway)」と呼ばれる現象です。一度始まると、人間が止めようとしても止まりません。原因は「温度が上がる→損失が増える→さらに温度が上がる」という正帰還ループ。一度この悪循環に入ると、数秒から数十秒で部品が破壊されます。
- 「熱暴走」という言葉は聞くが、何が起きているか説明できない
- 定格内で使っているはずなのに、なぜ部品が壊れるのか分からない
- 「ジャンクション温度を下げる」だけが対策だと思っていた
- 並列接続したMOSFETの片方だけが壊れる理由が分からない
- 熱暴走の正帰還ループのメカニズム
- BJT・MOSFET・IGBTで起きやすさが違う理由
- 並列接続時の「電流アンバランス」と熱暴走の関係
- 設計段階で熱暴走を防ぐ4つのチェックポイント
結論を先に言います。熱暴走は「温度と損失の正帰還ループ」で発生し、防ぐには熱抵抗の低減・温度モニタリング・正特性の活用・電流バランスの4つの対策が必要です。この記事では、そのメカニズムと対策を中学校の理科レベルから丁寧に解説します。
目次
熱暴走のメカニズム|「正帰還ループ」とは何か
熱暴走は、温度と損失が互いに増幅しあう「正帰還ループ」で発生します。スピーカーをマイクに近づけたときに「キーン」というハウリングが起きるのと同じ原理です。
熱暴走が起きる4ステップ
何らかの理由でジャンクション温度が上昇する
例:周囲温度上昇、冷却不良、過渡的な負荷増加
温度が上がると損失が増える特性が働く
例:オン抵抗が増加、リーク電流が指数関数的に増加
損失が増えるとさらに発熱が増える
P=I²R や P=VI が大きくなる
STEP 1に戻る → 加速度的に温度上昇
ある臨界点を超えると、もう止められない
正帰還ループのイメージ
この円環がループする限り、温度は止められない。
熱暴走の怖いところは、「気づいたときには手遅れ」であることです。温度モニタリングがない設計だと、煙が出るまで誰も異常に気づきません。設計の初期段階から「温度が上がりすぎたら強制停止する」保護回路を組み込むのが必須です。

なぜ温度が上がると損失が増えるのか
熱暴走の核心は「温度が上がると損失が増える」という半導体の特性にあります。これを「温度依存性」と呼びます。代表的な3つのメカニズムを見ていきましょう。
①リーク電流(漏れ電流)の指数関数的増加
半導体のリーク電流は、温度上昇に対して指数関数的に増加します。一般に「温度が10℃上がると、リーク電流は約2倍」になると言われます(10℃2倍則)。
オフ状態でも流れるリーク電流が増えると、その分だけ電力消費(=発熱)が増えます。低電流動作では問題にならないレベルでも、高温になると無視できない発熱源になります。
②MOSFETのオン抵抗(Rds(on))の増加
MOSFETのオン抵抗は温度に対して正の係数を持ちます。Tj=25℃に対して、Tj=125℃ではオン抵抗が約1.7倍〜2倍になる品種が一般的です。
導通損失はP = I²×Rds(on)。同じ電流が流れても、温度が高いほど抵抗が大きくなり、発熱も増えます。
③BJT(バイポーラトランジスタ)の電流増加
BJTは「温度が上がるとベース・エミッタ間電圧(Vbe)が下がる」性質があります。同じVbeで駆動していると、温度が上がるとコレクタ電流(Ic)が増えてしまいます。
BJTは熱暴走を起こしやすい代表選手です。これが、現代のパワエレでBJTがほぼ淘汰され、MOSFET・IGBTに置き換わった大きな理由の一つです。
温度依存性の比較
| 部品種別 | 特性の温度係数 | 熱暴走しやすさ |
|---|---|---|
| BJT | 負(温度↑でIc↑) | 非常に高い |
| MOSFET | 正(温度↑でRds(on)↑) | 中(並列時に注意) |
| IGBT | 混在(電流域で異なる) | 中 |
| SiC-MOSFET | 正(MOSFETと同じ) | 低い(高温動作可) |
MOSFETの「温度↑でオン抵抗↑」という正の温度係数は、実は熱暴走を防ぐ味方になります。並列接続したときに、温度が高くなった素子の抵抗が大きくなり、自然と電流が他の素子に分散されます。これを「自己バランス機能」と呼びます。

熱暴走の臨界条件|「冷却が追いつかなくなる点」
熱暴走は、いつどんな条件で始まるのでしょうか。鍵は「発熱量と冷却量のバランス」です。
発熱と冷却の競争
発熱量
温度依存:温度↑で増加(指数関数・1.5〜2倍/100℃)
冷却量
温度差に比例:温度↑で増加(線形・温度差ΔTに比例)
通常、温度が上昇すると「部品と周囲の温度差ΔT」が大きくなり、冷却量も増えます。この冷却量の増加が発熱量の増加を上回っていれば、温度はある点で釣り合って安定します。
しかし、発熱の増加が指数関数的なのに対し、冷却の増加は線形(温度差比例)です。ある温度を超えると、発熱の増加が冷却を上回り、温度は無限に上昇していきます。これが熱暴走の臨界点です。
グラフで理解する臨界点
熱暴走しない条件:dP_発熱/dTj < dP_冷却/dTj
温度上昇に対する発熱の増加率より、冷却の増加率が大きいこと
実用的には、「想定する最高ジャンクション温度(Tj_max)で、発熱の温度勾配が冷却の温度勾配より十分小さいこと」を確認すれば良いです。
熱抵抗が大きい設計(=冷却が悪い設計)は、低い温度から熱暴走に陥りやすくなります。冷却を強化することは、熱暴走の発生温度を引き上げることと同じ意味になります。

並列接続の落とし穴|「片方だけ壊れる」現象
複数のパワー半導体を並列接続して大電流を流す回路では、「複数あるうちの1個だけが壊れる」という不思議な現象が起きます。これも熱暴走が原因です。
電流アンバランスのメカニズム
個体差で1個だけ抵抗が低い
ロットや位置で僅かに特性が違う
抵抗が低い素子により多くの電流が流れる
並列だと、抵抗の低いほうに電流が集中
電流が多い素子の発熱が増える
P = I²R で発熱が支配的
BJTは温度上昇でさらに電流増加→暴走
MOSFETは抵抗増加で自己バランスする(防げる)
MOSFETの並列接続が比較的安全な理由
MOSFETは正の温度係数を持つため、並列接続で1個に電流が集中すると、その素子の温度が上がり、オン抵抗が増えて、自然と他の素子に電流が分散されます。これがMOSFETの「自己バランス機能」です。
一方、BJTは負の温度係数のため、温度が上がるとさらに電流が集中する正帰還ループに入ります。BJTの並列接続はエミッタ抵抗(バランス抵抗)を必ず入れて電流バランスを取らないと熱暴走します。
BJT並列
- 必ずバランス抵抗が必要
- 負の温度係数で集中が加速
- 1個壊れたら連鎖破壊
MOSFET並列
- 自己バランス機能あり
- 正の温度係数で電流分散
- 並列接続が容易
MOSFETの並列接続でも、個体差・配線インピーダンスのバラつき・スイッチング過渡時のアンバランスには注意が必要です。導通時は自己バランスが効きますが、ON/OFFの瞬間は別です。並列素子のゲート抵抗を個別に入れて発振を防ぐなど、過渡電流アンバランス対策も忘れずに。

熱暴走を防ぐ4つの設計ポイント
熱暴走を確実に防ぐには、複数の対策を組み合わせることが必要です。代表的な4つのポイントを紹介します。
①熱抵抗を下げる(最重要)
熱暴走の臨界温度を引き上げる最も基本的な対策。熱抵抗が小さいほど、同じ発熱量でも温度上昇が少なく、熱暴走の臨界点まで余裕ができます。
- 大型ヒートシンクの採用
- 強制空冷・水冷への切り替え
- 熱伝導グリス・絶縁シートの最適化
- 銅厚を増やした基板(2oz以上)
②温度モニタリングと過熱保護
ジャンクション温度を直接監視できれば理想ですが、現実にはヒートシンク温度・基板温度・サーミスタによる近傍温度を測定して、規定値を超えたら強制停止します。
- NTCサーミスタで発熱部品近くの温度を測定
- マイコンが温度を読み、規定値超えで出力遮断
- ハードウェア保護として温度ヒューズも併用
- パワーモジュールの内蔵温度センサ(NTC)を活用
③正の温度係数を持つ素子を選ぶ
新規設計ではBJTを避け、MOSFETやIGBTを採用するのが基本です。並列接続が必要な場合は、温度係数が正のSiC-MOSFETやSi-MOSFETが特に有利です。
④電流アンバランスの防止
並列接続時は、配線インピーダンスを揃え、ゲート抵抗を個別配置し、ロットを揃えるなどの対策を行います。BJTの場合はエミッタにバランス抵抗(数十mΩ程度)を直列に入れます。
4つの対策の組み合わせ
| 対策 | 役割 | 優先度 |
|---|---|---|
| 熱抵抗低減 | 臨界温度を引き上げる | 最優先 |
| 温度モニタ+保護 | 暴走前に強制停止 | 必須 |
| 正特性素子の採用 | 原理的に暴走しにくい | 推奨 |
| 電流バランス | 並列時の集中防止 | 並列時必須 |

熱暴走でやりがちな失敗3選
失敗①:「定格内だから大丈夫」と過信する
データシートの定格は「Tj=25℃時の値」または「Tj=Tj_max時のディレーティング後の値」です。実際の動作温度(例えばTj=100℃)では、定格電流の半分しか流せない品種もあります。
データシートの「Power Derating Curve(電力ディレーティング曲線)」を必ず確認してください。
失敗②:温度モニタリングを実装しない
コスト削減で温度センサを省略し、過熱保護を入れない設計。試作では問題なくても、量産後の「想定外の使用環境」(高温・通気不良・ファン故障など)で熱暴走に至ります。
NTCサーミスタは1個10円程度です。過熱保護を省略するコスト削減は、致命的な品質コストに変わります。
失敗③:並列素子の配線対称性を無視
MOSFETを並列にしたとき、配線インピーダンスが非対称だと特定の素子に電流が集中します。「ドレイン配線・ソース配線・ゲート配線をすべて等長で対称配置」するのが基本ですが、見落とされがちです。
熱暴走で焼損した部品を分析すると、「並列のうち1個だけ真っ黒」になっていることが非常に多いです。これは電流が集中した素子だけが先に壊れた証拠。並列配線の対称性は、レイアウト初期から最優先で確保してください。

まとめ|熱暴走は「予防」が唯一の対策
- 熱暴走は「温度↑→損失↑→温度↑」の正帰還ループで発生
- 原因は半導体の温度依存性(リーク電流・オン抵抗・Vbe特性)
- BJTは負の温度係数で熱暴走しやすい→現代ではほぼ使われない
- MOSFETは正の温度係数で並列接続時に自己バランス機能を持つ
- 熱暴走対策は「熱抵抗低減・温度モニタ・正特性素子・電流バランス」の4本柱
- 一度始まった熱暴走は止められないため、予防設計が唯一の対策
熱暴走は、設計者にとって最も恐ろしい現象の1つです。一度発生すると数秒で部品が破壊され、火災・人的被害につながる可能性もあります。「絶対に発生させない」予防設計を徹底してください。次回以降の記事では、SOA(Safe Operating Area)やパワーサイクル試験など、より具体的な信頼性設計のテーマを取り上げます。
📚 次に読むべき記事
熱設計の基本原理に立ち返って、部品が壊れる理由を再確認
熱暴走を防ぐための根本対策「ディレーティング」の考え方
熱暴走の予兆である過電流を検出して強制停止する保護回路
熱暴走防止の最重要対策「熱抵抗低減」の基礎概念
