先輩から渡された電源IC のデータシートに「Buck-Boost Converter, Vout = -12V」と書いてある。「待って…マイナスの電圧って何?電池に+と−はあるけど、出力電圧が"マイナス12V"って、どういう状態?」と頭を抱えていませんか?
「降圧(バック)」と「昇圧(ブースト)」は何となくわかった。じゃあ「昇降圧(バックブースト)」はその両方ができるってこと? なんで都合よくそんなことができるの? そして極性反転って、SEPIC との違いは…?と疑問が増えていく。
😣 こんな悩みはありませんか?- 「降圧も昇圧も両方できる」と言われても、仕組みがイメージできない
- 出力電圧が「マイナス」になる理由がわからない
- SEPIC や Cuk と何が違うのか整理できない
- どんな用途で昇降圧が必要になるのか想像できない
- 昇降圧コンバータが降圧も昇圧もできる仕組み(コイルが「貯金箱」になる)
- なぜ出力電圧の極性が反転するのか
- 出力電圧の計算式 Vout = −Vin × D/(1−D) の意味
- SEPIC・Cuk・4スイッチ昇降圧との違いと使い分け
- 実際の応用例(リチウム電池駆動の機器など)
目次
結論:コイルを「電気の貯金箱」として使うから、入出力を切り離せる
先に結論から言います。昇降圧コンバータ(バックブースト)が「降圧も昇圧もできる」「極性が反転する」のは、コイルを完全な「電気の貯金箱」として使っているからです。
入力電源からコイルにエネルギーを「全額預ける」→ いったん電源と切り離す → 預けたエネルギーを「逆向きに」出力側へ払い出す。
これにより「入力との接続なしで」電圧を作るので、いくらでも調整できるし、極性も逆になる。
降圧(バック)も昇圧(ブースト)も、出力電圧は入力電圧と「つながったまま」作られていました。だから降圧は「Vin より低くしかできない」、昇圧は「Vin より高くしかできない」という制約がありました。
ところが昇降圧は違います。コイルにいったんエネルギーを溜めて、入力から完全に切り離してから出力に渡すので、入力電圧との関係が断ち切られます。だから自由に電圧を決められるし、配線の向きの都合で極性も逆になる、というわけです。
前提:降圧と昇圧の「弱点」を思い出す
昇降圧コンバータの存在意義を理解するには、降圧と昇圧それぞれの「できないこと」を押さえておく必要があります。
| トポロジー | できること | できないこと |
|---|---|---|
| 降圧(バック) | Vin より低い電圧を作る | Vin より高い電圧は作れない |
| 昇圧(ブースト) | Vin より高い電圧を作る | Vin より低い電圧は作れない |
| 昇降圧(バックブースト) | Vin より高くも低くもできる | 出力極性が反転する |
「なぜ両方できないと困るのか?」リアルな例
想像してください。リチウムイオン電池1セル(公称3.7V)から、システム電圧 3.3V を作りたいとします。
- 満充電:4.2V(3.3V より高い → 降圧が必要)
- 中間:3.7V(3.3V より高い → 降圧が必要)
- 放電末期:3.0V(3.3V より低い → 昇圧が必要)
こんなとき、降圧オンリーや昇圧オンリーの回路では対応できません。「入力電圧が出力電圧より上にも下にもなる場面」では、昇降圧コンバータが必要なのです。

昇降圧コンバータの回路構成
部品の数は降圧・昇圧と同じく4つ。L・MOSFET・ダイオード・コンデンサです。違うのは「どこに何を配置するか」だけ。
配置の特徴:コイルが「地面に並列」につながる
入力(Vin) → MOSFET(Q) → ノードA → ダイオード(D)(カソードがノードA、アノードが Vout 側)→ Vout
ノードA から地面(GND)に向かって、L(コイル)が接続されている
出力コンデンサ C は Vout と GND の間
ここで重要なのが ダイオードの向き。普通の降圧・昇圧では、ダイオードのアノード(電流の入口)がGND側、カソード(出口)が出力側を向いています。でも昇降圧ではカソードがノードA側、アノードが出力側と、逆向きに配置されます。
ダイオードを逆向きにつけるので、出力には「マイナス側から電流が出てくる」ような向きになります。これが「出力電圧がマイナスになる」直接の原因です。難しい理論ではなく、配線の向きの話です。
各部品の役割
| 部品 | 役割 |
|---|---|
| Q(MOSFET) | 入力 ⇔ コイル の接続を高速ON/OFFする |
| L(コイル) | エネルギーを「全額預かる」貯金箱。ここに溜めて、ここから出力に渡す |
| D(ダイオード) | 逆向きに配置されており、出力側への「片道切符」を提供 |
| C(コンデンサ) | マイナス側出力を平滑化(GND側に+極が向く逆向きの極性) |

動作①:MOSFETをON|コイルに「全額預金」する
MOSFETがONになったとき、何が起きるかを追いかけます。
電流の流れ方
Vin → MOSFET(ON)→ ノードA → コイルL → GND
つまり「入力電源 → コイル → 地面」のシンプルな直行ルート
このとき、コイルには入力電圧 Vin が両端にそのままかかります。コイルは時間とともに電流を増やし、エネルギーを溜めていきます。ここまでは昇圧コンバータと同じです。
ダイオードと出力の状態
このとき注目すべきは ダイオードDが完全に遮断されている点です。なぜなら、ノードAは入力電圧 Vin(プラス側)になっており、ダイオードのカソード(電流の出口)の電位が高い状態。ダイオードは順方向にバイアスされず、電流ゼロ。
この瞬間、入力 Vin と 出力 Vout は電気的につながっていません。コイルだけが入力と接続し、出力側はコンデンサに残ったエネルギーで負荷を駆動しています。
これが「入力と出力を切り離せる」という昇降圧コンバータ最大の特徴です。

動作②:MOSFETをOFF|コイルが「逆向きに」エネルギーを払い出す
ここからが、極性反転の核心部分です。MOSFETをOFFにすると何が起きるか?
コイルは「電流の向きを保ちたい」
前回の昇圧コンバータ記事でも説明したとおり、コイルは「いま流れている電流の方向を、絶対に変えたくない」というガンコな性質を持っています。
ON時、コイルには「ノードA → GND」の向きに電流が流れていました。MOSFETがOFFになると入力からの電流が止まりますが、コイルは「ノードA → GND の向きの電流」を維持しようとします。
電流の通り道は「逆向きのダイオード」しかない
MOSFETがOFFになって入力からの供給が断たれた今、コイルが電流を流し続けるには「Vout側 → ダイオード → ノードA → コイル → GND」というループしかありません。
GND → コイルL → ノードA → ダイオードD(順方向) → 出力コンデンサC・負荷 → GND
電流が「GNDから出て、Voutに戻る」向きで流れる!
通常の電源は「Vout端子から電流が出て、負荷を通って、GNDに戻る」のが当たり前です。でも昇降圧の OFF 期間中は、これが完全に逆向きになっています。電流が GND 側から出て、Vout 側に戻っていく。
この逆向きの電流がコンデンサを充電します。コンデンサの GND 側がプラスに、Vout 側がマイナスに帯電するので、出力電圧は GND を基準に見るとマイナスになる、というわけです。
コイルが「電流の向きを保とう」と頑張った結果、出力コンデンサが普通とは逆向きに充電される。だから出力電圧の極性がマイナスになる。これだけのことです。
- コイル L:電流が減少中(預けたエネルギーを払い出し)
- MOSFET Q:OFF
- ダイオード D:ON(順方向で電流を通す)
- コンデンサ C:充電中(GND側が+、Vout側が−)

「貯金箱」のたとえで、降圧・昇圧との違いを理解する
3つのコンバータの違いを、お金の例えで整理してみましょう。コイルを「貯金箱」だと思ってください。
部分預金タイプ
毎月の収入から「一部だけ」貯金して、残りを生活費に使う。
収入より少ない額しか使えない。
追加投資タイプ
収入と貯金を両方使って、月収より大きな買い物をする。
収入より多く使える。
完全独立タイプ
収入を全額貯金して、貯金箱から自由な額を引き出す。
金額も向きも自由。
昇降圧コンバータの本質は「入力と出力を完全に分離して、間に貯金箱を介在させる」こと。だから自由度が高いんです。
この「独立性」が高すぎるあまり、配線上の都合で極性が逆になってしまうのが昇降圧の弱点です。便利さの代償として、ちょっと使いにくい電圧が出てくる、と覚えておくと良いでしょう。

出力電圧の式:Vout = −Vin × D / (1−D)
3つのコンバータの出力式を並べてみると、関係性がきれいに見えてきます。
| トポロジー | 出力電圧の式 | D=0.5のとき |
|---|---|---|
| 降圧(バック) | Vout = D × Vin | +0.5 × Vin |
| 昇圧(ブースト) | Vout = Vin / (1−D) | +2 × Vin |
| 昇降圧(バックブースト) | Vout = −Vin × D / (1−D) | −1 × Vin |
デューティ比 D で動作が切り替わる
この式の面白いところは、D(デューティ比)の値によって出力電圧が変わることです。
| D(デューティ比) | Vin = 12V のときの Vout | 動作モード |
|---|---|---|
| 0.2(20%) | −3V | 降圧モード |
| 0.5(50%) | −12V | 入出力同じ(境界) |
| 0.75(75%) | −36V | 昇圧モード |
デューティ比が50%のときに、出力電圧の絶対値が入力電圧と同じになります。
D < 0.5 なら降圧モード(|Vout| < Vin)
D > 0.5 なら昇圧モード(|Vout| > Vin)
つまり、デューティ比を制御するだけで降圧と昇圧をシームレスに切り替えられます。

兄弟トポロジーとの違い:SEPIC・Cuk・4スイッチ昇降圧
「昇降圧」と呼ばれる回路は、実はバックブースト以外にも複数あります。実務でデータシートを読むと混乱しがちなので、ここで整理しておきましょう。
| トポロジー | 極性 | 特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| バックブースト | 反転(−) | 部品が最少(コイル1個)。極性反転OKの用途で使用 | 負電源を作る用途(OPアンプ用 −5V など) |
| SEPIC | 非反転(+) | コイル2個+結合コンデンサ。極性そのまま昇降圧 | リチウム電池駆動の機器、車載5V電源 |
| Cuk(チューク) | 反転(−) | コイル2個。入出力ともリプルが小さい高性能版 | 低ノイズが必要な計測機器など |
| 4スイッチ昇降圧 | 非反転(+) | MOSFET4個+コイル1個。高効率&極性そのまま | 最新のリチウム電池駆動機器の主流 |
どれを選ぶか?選定のフローチャート
- 負電源(−5V、−12V)が欲しい → バックブースト(極性反転OK)
- 低コスト&そのままの極性 → SEPIC
- 低ノイズが最優先 → Cuk
- 高効率&高機能 → 4スイッチ昇降圧(モバイル機器の主流)
最近のスマホやノートPC、モバイルバッテリーは、ほぼ「4スイッチ昇降圧」になっています。MOSFETが安くなったこと、デジタル制御が普及したことで、部品が多くてもトータルで安く高効率になるからです。バックブーストは「マイナス電源を作りたい特殊用途」と「学校で習う基本トポロジー」というポジションに移りつつあります。

バックブーストが活躍する実用例
「結局どこで使うの?」という疑問に答えます。バックブースト(極性反転型)が実際に使われている代表例を見てみましょう。
| 使用機器・用途 | 入力 → 出力 | なぜバックブースト? |
|---|---|---|
| アナログ回路の負電源 | +5V → −5V | OPアンプの両電源動作に必須 |
| LCDのバイアス電源 | +3.3V → −15V | 液晶駆動には負電圧が必要 |
| CCDイメージセンサ | +5V → −8V | CCD駆動電源として古くから使用 |
| 通信機器のRF回路 | +12V → −5V | バイアス電圧として負電圧が必要 |
アナログ系の回路設計では、OPアンプを「両電源」で動かしたいことがよくあります。たとえば +5V のシステムに、もう1つの負側電源 −5V を追加したいとき、バックブーストコンバータICを1個追加するだけでサクッと作れます。部品が少なくて済むのが魅力です。

まとめ:「自由」と「逆極性」はコインの裏表
- バックブーストは降圧と昇圧の両方が1つの回路でできる
- 仕組みは「コイルをエネルギーの貯金箱として使う」こと
- 入力と出力が電気的に分離されるので、自由度が高い
- その代償として、配線の都合上で 出力電圧の極性が反転する
- 出力電圧の式:Vout = −Vin × D / (1−D)
- D=0.5 を境に、降圧モードと昇圧モードが切り替わる
- 兄弟には SEPIC(非反転)、Cuk(低ノイズ)、4スイッチ昇降圧(高効率)がある
- 負電源を作りたい用途で活躍する
「降圧の弱点(昇圧できない)」と「昇圧の弱点(降圧できない)」をまとめて解決するのが昇降圧コンバータ。代わりに極性が反転するという「ちょっとしたクセ」がある、と覚えておけば実務で困らないはずです。
次は「極性が反転しないバージョン」であるSEPICを知っておくと、もう昇降圧の世界はほぼマスターできます。
📚 次に読むべき記事
降圧・昇圧・昇降圧を電験三種の視点で体系的にまとめた記事。これを読むとパワエレ全体の地図がつかめます。
バックブーストの「昇圧」側の動作を、もっと深く理解するための姉妹記事。コイルのガンコさをじっくり解説しています。
降圧コンバータの設計手順を「蛇口と浴槽」で完全図解。バックブーストの「降圧」側の動作と合わせて読むと理解が深まります。
