- 「スイッチング電源がノイズを出すのは知っているけど、"なぜ"かは説明できない」
- 「V=L×dI/dtの式は見たことあるけど、直感的にピンとこない」
- 「dI/dtとdV/dtって何が違うの?どっちがどのノイズの原因?」
- 「スイッチング周波数を上げると小型化できるのに、なぜノイズが増えるの?」
- スイッチング動作が「本質的にノイズを生む」物理的な理由
- V=L×dI/dtの意味を「水道管のウォーターハンマー」で直感的に理解
- dI/dtが伝導ノイズ、dV/dtが放射ノイズの主犯である仕組み
- スイッチング周波数が高いほどノイズが増える「トレードオフの正体」
スイッチング電源は、現代の電子機器にとって不可欠な存在です。スマートフォンの充電器、ノートPCのACアダプタ、産業用機器の電源ユニット――あらゆる場所で使われています。
でも、スイッチング電源には宿命的な弱点があります。それは「ノイズの塊」であること。
「ノイズが出る」ということは何となく知っていても、「なぜ出るのか?」「物理的に何が起きているのか?」を明確に説明できる人は意外と少ないのではないでしょうか。
この記事では、スイッチング電源がノイズを発生させるメカニズムを、たった2つの式(V=L×dI/dtとI=C×dV/dt)で完全に理解できるよう、たとえ話と図解で徹底的に解説します。

目次
前提知識|スイッチング電源は「蛇口を高速でON/OFFする」装置
💡 スイッチング電源の動作原理を30秒で理解
スイッチング電源を一言で説明するなら、「電気の蛇口を1秒間に数十万回〜数百万回開け閉めして、欲しい電圧を作る装置」です。
たとえば、12Vの入力から5Vの出力を作りたい場合。スイッチ(MOSFET)で12Vを高速にON/OFFし、ON時間の割合(デューティ比)を約42%にすると、平均電圧がちょうど5Vになります。これをインダクタとコンデンサで平滑化して、なめらかな5Vの直流を取り出すわけです。
この「高速ON/OFF」のおかげで効率90%以上を実現できるのですが、まさにこの「ON/OFF」こそがノイズの根源なのです。
🆚 リニア電源はなぜ静かなのか?
スイッチング電源の対極にあるのが「リニア電源(シリーズレギュレータ)」です。リニア電源は、トランジスタを「可変抵抗」として使い、余分な電圧を熱として捨てる方式です。
リニア電源ではスイッチングが起きないため、急激な電流・電圧の変化が発生しません。だからノイズがほとんど出ない。しかしその代わり、効率が悪く(40~60%程度)、発熱が大きいというデメリットがあります。
リニア電源
- スイッチングなし → ノイズが極小
- 効率 40~60%(余分は熱に)
- サイズが大きい
- 用途:オーディオ、計測器など
スイッチング電源
- 高速ON/OFF → ノイズが大
- 効率 85~95%
- 小型・軽量
- 用途:ほぼすべての電子機器
スイッチング電源のノイズは「設計が悪いから出る」のではありません。電流をON/OFFするという動作原理そのものが、物理的にノイズを生むのです。つまり「ノイズゼロのスイッチング電源」は原理的に存在しません。できるのは「ノイズを規格値以下に抑える」ことだけです。

ノイズの主犯①:dI/dt|「電流の急変」が電圧スパイクを生む
🚰 V=L×dI/dtを「水道管」で理解する
スイッチング電源のノイズを理解する上で、最も重要な式がこれです。
L:配線や部品が持つインダクタンス(寄生インダクタンス)
dI/dt:電流の変化速度(1秒あたり何アンペア変化するか)
この式を水道管でたとえましょう。
水道管(=配線)を水(=電流)が勢いよく流れているとします。ここで蛇口(=スイッチ)を一瞬で閉めると、何が起きるでしょうか?
「ドン!」という衝撃が水道管全体に走りますよね。これがいわゆる「ウォーターハンマー(水撃)」です。流れていた水が急に止められると、運動エネルギーが行き場を失い、水道管の壁に大きな圧力(=電圧スパイク)がかかるのです。
蛇口を一瞬で閉める(dI/dtが大きい)→ 水の勢いが止まれず管が「ドン!」と振動(電圧スパイク発生)→ 振動が管全体に伝播(ノイズが放射・伝導)
MOSFETが一瞬でOFF(dI/dtが大きい)→ 電流が止まれず配線のインダクタンス(L)にエネルギーが蓄積→ V=L×dI/dtの電圧スパイクが発生→ スパイクが配線を伝わってノイズになる
📊 具体的な数値で実感する|たった1cmの配線で10Vのノイズ
「配線のインダクタンスなんて微々たるものでしょ?」と思うかもしれません。実際に計算してみましょう。
条件
・配線のインダクタンス L = 10nH(基板上の約1cmの配線に相当)
・スイッチング時の電流変化 ΔI = 5A
・スイッチング時間 Δt = 5ns(高速MOSFETの典型値)
計算
たった1cmの配線が、10Vもの電圧スパイクを生むのです。
この10Vのスパイクは、回路図にも基板図面にも描かれていない「見えない電圧」です。これが電源ラインに乗って外部に流れ出れば伝導ノイズに、配線がアンテナとして放射すれば放射ノイズになります。
式の中の「L」は、コイルやインダクタのことではありません。基板の配線パターン、ビア、部品のリード線など、あらゆる導体が持つ微小なインダクタンス(=寄生インダクタンス)です。回路図には載っていませんが、物理的に必ず存在します。だから「回路図通りに作ったのにノイズが出る」のです。

ノイズの主犯②:dV/dt|「電圧の急変」が浮遊容量を通じてノイズを撒き散らす
⚡ I=C×dV/dtを「水面の波紋」で理解する
dI/dtが「電流の急変」によるノイズの主犯だとすると、もうひとりの主犯がdV/dtです。
C:浮遊容量(導体間、基板とシャーシ間の微小なコンデンサ)
dV/dt:電圧の変化速度(1秒あたり何ボルト変化するか)
池に石を「ポチャン」と投げると、水面に波紋が広がりますよね。ゆっくり石を沈めれば波紋はほとんど立ちません。でも、石を思い切り叩きつけると、大きな波紋が遠くまで広がります。
スイッチング電源の「スイッチングノード」と呼ばれるポイントでは、電圧が0V→12Vに数ナノ秒で急変します。このdV/dtが非常に大きいため、回路の至るところにある浮遊容量(意図しない微小なコンデンサ)を通じて、ノイズ電流が流れ出します。
🔍 浮遊容量はどこにある?
「コンデンサなんて付けてないのに?」と思うかもしれません。しかし、浮遊容量は設計者が意図しなくても物理的に存在します。
| 浮遊容量の場所 | 典型的な値 | なぜ問題? |
|---|---|---|
| MOSFETのドレイン→ヒートシンク間 | 10~100pF | ヒートシンクが「アンテナ」になる |
| トランスの1次巻線→2次巻線間 | 10~50pF | 絶縁を飛び越えてノイズが2次側へ |
| 基板パターン→シャーシ(GND)間 | 数pF~数十pF | シャーシ経由で外部にノイズが漏洩 |
これらの浮遊容量を通じてノイズ電流が流れ出す現象は、「コモンモードノイズ」の主因です。コモンモードノイズはEMC試験で最も厄介な存在であり、多くの設計者を苦しめています。
dI/dt(電流の急変)→ 配線のインダクタンスに電圧スパイクを発生させ、主にノーマルモードの伝導ノイズの原因になる
dV/dt(電圧の急変)→ 浮遊容量を通じてノイズ電流を流し出し、主にコモンモードの放射ノイズの原因になる
つまり、スイッチング動作の「ON/OFF」の瞬間に、dI/dtとdV/dtの両方が同時に発生し、2種類のノイズを撒き散らしているのです。

スイッチング周波数が高いほどノイズが増える理由
📈 「小型化の代償」というトレードオフ
スイッチング電源の設計では、「スイッチング周波数を上げると、インダクタやコンデンサを小さくできる=電源が小型化できる」という大きなメリットがあります。
しかし、周波数を上げるということは、「1秒あたりのON/OFFの回数が増える」ということです。
これを先ほどの水道管のたとえに戻すと、蛇口を1秒に10万回叩きつけていたのを、100万回叩きつけるようにするようなもの。当然、「ドン!」という衝撃(ノイズ)の頻度が増え、ノイズのエネルギーの総量が増大します。
🎵 高調波が広い周波数帯域に拡散する
もうひとつ重要なのは、スイッチング波形(矩形波)は「基本周波数」だけでなく、その整数倍の高調波を含んでいるということです。
たとえば、スイッチング周波数が500kHz(0.5MHz)の場合、ノイズは0.5MHz、1MHz、1.5MHz、2MHz……と高調波として広がっていきます。理論的には無限に続きますが、実際にはスイッチングのエッジ(立ち上がり/立ち下がり)の速度で決まる「折れ点周波数」の上方でノイズは減衰していきます。
| スイッチング周波数 | ノイズが届く周波数帯 | 影響 |
|---|---|---|
| 100kHz | ~数十MHz | 主に伝導ノイズ |
| 500kHz | ~100MHz以上 | 伝導+放射ノイズ |
| 2MHz以上 | ~数百MHz〜GHz帯 | ⚠️ 放射ノイズが深刻化。EMC試験で問題になりやすい |
近年主流になりつつあるGaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)のパワーデバイスは、従来のSi MOSFETよりもはるかに高速にスイッチングできます(立ち上がり時間 1~5ns)。これは効率向上・小型化に有利ですが、dI/dtとdV/dtがさらに大きくなるため、ノイズ対策の難易度も格段に上がっているのが現状です。

ノイズはどこから外に出ていくのか?|2つの経路
🔌 経路①:伝導ノイズ|電源ケーブルを「高速道路」にして外へ
スイッチング動作で発生した高周波のノイズ電流は、電源の入力ケーブル(ACコードやDC入力線)を伝わって外部に流れ出します。これが伝導ノイズです。
たとえるなら、工場の排水が下水道を通じて川に流れ出るイメージです。工場内でいくら浄化しても、排水口が開いていれば汚染水は外へ出ていきます。伝導ノイズの「排水口」は電源ケーブルです。EMC規格では、150kHz~30MHzの周波数帯で伝導ノイズの限度値を定めています。
📡 経路②:放射ノイズ|基板やケーブルが「アンテナ」になって電波を飛ばす
もうひとつの経路が放射ノイズです。基板上のパターン、外部接続ケーブル、筐体の隙間などが「意図しないアンテナ」として機能し、ノイズを電磁波として空中に放射します。
特にスイッチングノード(MOSFETのドレインなど)は、電圧が0V→数十Vの間で数ナノ秒で変動する「超高速の振動板」です。この振動が浮遊容量を経由してシャーシやヒートシンクに伝わり、大きな金属面がアンテナとして電波を飛ばします。EMC規格では、30MHz~1GHzの周波数帯で放射ノイズの限度値を定めています。
伝導ノイズ
- 経路:電源ケーブルを伝わる
- 主犯:dI/dt(電流の急変)
- 規制帯域:150kHz~30MHz
- 対策:EMIフィルタ、パスコン、ループ面積縮小
放射ノイズ
- 経路:基板・ケーブルから空中に放射
- 主犯:dV/dt(電圧の急変)+ 浮遊容量
- 規制帯域:30MHz~1GHz
- 対策:シールド、GNDプレーン、スナバ回路

ノイズを減らすための「3つの鉄則」
ここまでの内容を踏まえると、スイッチング電源のノイズを減らすための戦略は、V=L×dI/dtとI=C×dV/dtの式から逆算できます。
🔧 鉄則①:L(寄生インダクタンス)を小さくする
V=L×dI/dtの「L」を小さくすれば、同じdI/dtでも発生する電圧スパイクが小さくなります。具体的には、電流ループ面積を最小化することです。
スイッチング電流が流れるループ(MOSFETのドレイン→インダクタ→出力コンデンサ→GND→入力コンデンサ→MOSFETのソース)の面積を小さくするほど、配線のインダクタンスが減り、ノイズが減ります。部品配置の段階で「パワーループの面積」を最小にすることが、最も効果的なEMC対策です。
🔧 鉄則②:dI/dtとdV/dtを遅くする(スイッチング速度を下げる)
蛇口をゆっくり閉めればウォーターハンマーが減るように、MOSFETのスイッチング速度を遅くすれば、dI/dtとdV/dtが小さくなりノイズが減ります。
具体的な手段としては、ゲート抵抗を大きくする(ゲートの充放電を遅くしてON/OFFの速度を落とす)方法があります。ただし、スイッチング速度を下げるとターンオン/ターンオフ時の損失(スイッチング損失)が増えるため、ノイズと効率のトレードオフになります。
🔧 鉄則③:発生したノイズを「吸収」または「閉じ込める」
鉄則①②で対策しても、ノイズをゼロにすることはできません。残ったノイズは「吸収」か「閉じ込め」で対処します。
| 対策手法 | 役割 | 対象 |
|---|---|---|
| スナバ回路 | 電圧スパイクを吸収 | スイッチングノードのリンギング |
| EMIフィルタ | 電源ラインのノイズを遮断 | 伝導ノイズ |
| シールド(金属筐体) | 電磁波を閉じ込める | 放射ノイズ |
| フェライトビーズ | 高周波ノイズを熱に変換して吸収 | 電源ライン・信号ラインの高周波ノイズ |
ノイズ対策で最も効果的なのは「発生源で抑える(鉄則①②)」こと。フィルタやシールドは「発生した後に対処する」手段なので、コストも手間も多くなります。設計の初期段階でループ面積とスイッチング速度を最適化することが、最もコストパフォーマンスの高い対策です。

まとめ|すべてのノイズは「急」がつく変化から生まれる
この記事の内容を振り返りましょう。
| なぜノイズが出る? | スイッチング電源は電流を高速でON/OFFする装置。この「急激な変化」が物理的にノイズを生む |
| dI/dtの役割 | V=L×dI/dt:電流の急変が、配線の寄生インダクタンスに電圧スパイクを発生させる。主に伝導ノイズの原因 |
| dV/dtの役割 | I=C×dV/dt:電圧の急変が、浮遊容量を通じてノイズ電流を流し出す。主に放射ノイズ(コモンモード)の原因 |
| 周波数が高いと? | ON/OFFの回数が増え、高調波が広い周波数帯に拡散するためノイズが増大 |
| 3つの鉄則 | ①L(ループ面積)を小さく ②dI/dt・dV/dtを遅く ③残りは吸収 or 閉じ込め |
スイッチング電源のノイズは、「設計が悪い」から出るのではなく、「電流をON/OFFするという動作原理そのもの」から物理的に生まれるものです。
この「なぜ」を理解していると、ノイズ対策が「おまじない」ではなく「物理的に筋の通った行為」として見えるようになります。GNDプレーンを広げる理由も、スナバ回路を入れる理由も、すべてはV=L×dI/dtとI=C×dV/dtの式に帰着するのです。
📚 次に読むべき記事
本記事の基礎編。ループ面積とdI/dtの関係を、より実践的な基板配置の視点から解説しています。
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鉄則③「発生したノイズを吸収する」の代表的な手段であるスナバ回路の解説です。
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パワー系とデジタル系のGNDをどう分離するか。実践的なGND設計の全手順です。
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