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プレーン分割は、基板設計のなかでも「良かれと思ってやったことが、いちばんの原因になっていた」が起きやすいテーマです。「ノイズ源を切り離す」という発想はとても自然なのですが、電気の世界では、この直感がしばしば裏目に出ます。
なぜ裏目に出るのか。その理由はたった1つ、「電流は必ず輪っかになって戻ってくる」という事実を忘れているからです。ここから一つずつ、ほどいていきましょう。
リターンパスとは?「電流の帰り道」を10秒で理解する
リターンパスとは、日本語で言えば「電流の帰り道」です。
電気は、行きっぱなしでは流れません。電池から出た電流が豆電球を光らせるには、必ず電池に戻ってこないといけません。この「戻る道」がリターンパスです。
基板では「帰り道」が見えない
やっかいなのは、基板の上では帰り道が目に見えないことです。
回路図には「行き」の信号線しか描かれていません。帰りは、GNDのマーク(三角形の記号)でぷつっと終わっています。だから設計者の頭のなかでも、帰り道は消えてしまいがちです。
でも実際の基板では、その帰り道はプレーン(広い銅箔の面)の中を、ちゃんと流れています。見えないだけで、必ずそこにあります。
そもそもGNDとは何か、という土台からしっかり押さえたい方は、GNDとは何か?「0Vの線」ではなく「電流の帰り道」である本当の理由を先に読むと、この記事の理解が一段深くなります。

高周波のリターン電流は、必ず「信号線の真下」を通る
ここが、この記事でいちばん大事なポイントです。
プレーンは広い銅の板なので、電流はどこを通ってもよさそうに見えます。ところが実際には、周波数によって通り道がまったく違います。
なぜ「真下」なのか
理由は、インダクタンス(電流の変化を邪魔する性質)にあります。
電流が輪っかを作ると、その輪っかの面積が大きいほどインダクタンスが大きくなります。インダクタンスが大きい道は、高周波にとっては「通りにくい道」です。だから高周波の電流は、輪っかがいちばん小さくなる道を自然に選びます。
信号線とプレーンの距離は、たとえば絶縁層0.2mmしかありません。信号線の真下を戻れば、輪っかの厚みはたった0.2mm。これ以上小さい輪っかは作れません。だから真下を通るのです。
この原理をもっと丁寧に、なぜ「最短経路」ではなく「最小ループ」なのかから理解したい方は、この記事の理論編にあたる「電流は最短経路を通る」は嘘?高周波電流の帰路とループ面積の真実を必ず読んでください。以降の話が、すべてそこから導かれます。

スリットをまたぐと何が起きる?帰り道が「通行止め」になる
ここまでで、高周波の帰り道は信号線の真下だとわかりました。では、その真下にスリット(銅箔の切れ目)があったら、どうなるでしょうか。
答えは単純です。そこは銅がないので、電流は通れません。
通れないからといって、電流が消えるわけではありません。輪っかを閉じないと電流は流れられないので、電流はスリットの端っこまで大回りして迂回します。
悪化の度合いをざっくり計算してみる
「大回りするとどれくらい悪いのか」を、数字にしてみましょう。放射ノイズの強さは、おおむねループ面積に比例します。だから面積を比べれば、悪化の度合いがつかめます。
EMC試験でよく問題になるのは「規格値を数dB超えた」というレベルです。それに対して、スリットまたぎ1本で30dB以上悪化しうる。桁が違います。だからこれは、フェライトビーズを何個足しても取り返せません。

スリットが招く3つの災い
迂回によって起きる悪さは、じつは1つではありません。3つセットでやってきます。
災い1:放射ノイズが増える(電波が飛び出す)
これは前章で見たとおりです。行きと帰りの電流が離れると、たがいの磁界を打ち消し合えなくなります。打ち消されずに残った磁界が、空間に飛び出していきます。
しかもこの電波は、基板の外に伸びるケーブルに乗り移ります。ケーブルは長いので、優秀なアンテナになります。「基板だけならOKだったのに、ケーブルを繋いだ瞬間にEMC試験で落ちる」の典型パターンです。
災い2:スリットそのものがアンテナになる(スロットアンテナ)
こちらは、意外と知られていない現象です。金属板に細長い切れ目(スロット)を入れると、それ自体がアンテナとして働きます。実際、無線機器の世界ではスロットアンテナとして意図的に使われている構造です。
スロットは、その長さが電波の波長の半分(λ/2)になったとき、いちばんよく電波を出します。つまり、自分の基板のスリット長から「どの周波数が危ないか」を逆算できるということです。
つまり、50mmのスリットは3GHz付近でよく電波を出します。「うちのクロックは100MHzだから関係ない」とは言えません。方形波の高調波(100MHzの30倍=3GHz)は、しっかりそこまで届いています。
災い3:クロストークが増える(隣の信号に飛び移る)
リターン電流が大回りすると、本来なら関係なかったはずの領域まで、電流が広がって流れます。すると、その経路の上にある別の信号線とリターン電流が「同じ道を共有」してしまいます。
道を共有すると、片方の信号の変動が、もう片方に電圧として現れます。これがクロストーク(信号の飛び移り)です。スリットまたぎを2本、3本と作れば、それらは互いに干渉し合う関係になります。
クロストークの仕組みそのものは、クロストークとは?隣の配線にノイズが飛び移るメカニズムで詳しく解説しています。

では、なぜ多くの人が「分割したくなる」のか
ここまで読むと「分割は悪」に見えますが、話はもう少し繊細です。なぜ多くの設計者が分割したがるのか、その気持ちの正体を先に整理しておきましょう。
分割したくなる気持ち:「汚れた電流を入れたくない」
典型的なのが、こんな発想です。
「デジタル回路の電流はノイズだらけ(=汚い)。この電流がアナログ回路のGNDに流れ込むと、繊細なセンサ信号が乱される。だから、GNDを2つに割って、汚れた電流が入ってこないようにしよう」
この考え方自体は、間違っていません。低い周波数では、これは正しいのです。低周波の電流は抵抗が小さい道を通るので、道を物理的に分ければ、たしかに流れ込まなくなります。
落とし穴:高周波は「柵」を平気で飛び越える
問題は、いまの回路には必ず高周波が含まれることです。高周波の電流にとって、スリットは「通れない壁」ではありません。スリットを挟んで向かい合った銅箔は、ごく小さなコンデンサとして働くからです。
コンデンサは、周波数が高いほど電気を通しやすくなります。つまり高周波の電流は、スリットという柵をあっさり飛び越えて、しかも設計者が想定していない場所から飛び越えてきます。
現代の答え:まず「分割しない」を試す
アナログとデジタルのGNDを分けるべきかどうかは、長年議論されてきたテーマです。そして近年の一般的な見解は、「分割しないほうが、うまくいくことが多い」に傾いています。
分割せずにノイズを分ける方法があるからです。それが「配置で分ける」という考え方です。
| やり方 | 中身 |
|---|---|
| × 銅箔で分ける | GNDにスリットを入れて物理的に切り離す → 帰り道が壊れる |
| ○ 配置で分ける | GNDは1枚のままにして、アナログ部品とデジタル部品を基板の別エリアにまとめる |
高周波のリターン電流は信号線の真下しか通らない、という原理を思い出してください。デジタル回路のリターン電流は、デジタル回路の真下にしか流れません。わざわざアナログ側まで散歩には行かないのです。だから、部品の置き場所さえ分けておけば、GNDは1枚のままで十分に静かになります。
隣の配線にノイズが移るクロストーク

NG例とOK例|自分の基板と見比べるチェック集
ここからは実践編です。現場でよく見る4つのパターンを、NG/OKで並べます。手元の設計データを開きながら見比べてみてください。
パターン1:スリットをまたぐ信号線
パターン2:ビアの並びがプレーンを切ってしまう
パターン3:基板を貫く長いスリット
パターン4:層を移る信号(ビアで表→裏)

どうしても分割が必要なときの、3つの正しい作法
「分割しないのが原則」と書きましたが、分割しなければならない場面も現実にはあります。代表は次の2つです。
| 分割が必要なケース | 理由 |
|---|---|
| 安全のための絶縁 | AC100Vの一次側と、人が触れる二次側を電気的に切り離す必要がある。これは規格上の義務であり、交渉の余地はない |
| 電源系統が複数ある | 5V・3.3V・1.8Vなど、電圧が違う電源プレーンは物理的に分けるしかない |
ここで大事な区別があります。電源プレーンの分割は普通のこと。GNDプレーンの分割は特別なことです。電圧が違う電源を1枚にはできませんが、GNDは基本的に全部つながっていていいのです。
作法1:スリットの上に信号線を通さない(最重要)
これが唯一にして最強の対策です。電源プレーンを何枚に割ろうが、そのスリットの真上・真下に信号線がなければ、リターンパスは壊れません。
配線を始める前に、プレーンの分割線を「立入禁止ライン」としてCADに引いておく。この一手間だけで、後から地獄を見る確率が激減します。
作法2:またぐなら、すぐ横にスティッチングコンデンサを置く
どうしても電源プレーンのスリットをまたぐ配線が避けられないときは、またぐ場所のすぐ近くに、スリットの両側をつなぐコンデンサを1個置きます。これをスティッチングコンデンサと呼びます。
コンデンサは高周波にとっては「ほぼ導線」です。だから直流的には分離されたまま、高周波の帰り道だけを短くつないでくれるのです。
作法3:GNDプレーンだけは、途切れさせない
電源プレーンを何枚に割っても、その下に途切れのないGNDプレーンが1枚あれば、リターンパスは守られます。これが4層以上の基板を使う最大の理由です。
よく使われる4層基板の層構成なら、こうなります。
L1の信号は、すぐ下のL2(無傷のGND)を帰り道に使えます。L3の電源プレーンがどれだけ細かく割れていても、信号のリターンパスには影響しません。層構成の考え方は基板の層構成の決め方|2層・4層・6層をどう使い分けるかで詳しく整理しています。

出図前に、この6つだけ確認する
EMC試験は、落ちてから直すと基板の作り直しになります。出図の直前に、次の6項目だけは目で確認してください。所要時間は10分もかかりません。
| # | 確認すること |
|---|---|
| 1 | GNDプレーン層だけを単独表示し、銅が途切れていないかを目で追う |
| 2 | ビアやコネクタの穴が一列に並び、意図しないスリットを作っていないか |
| 3 | 電源プレーンの分割線の真上・真下に信号線がないか |
| 4 | 高速信号がビアで層を移る場所に、近くにGNDビアがあるか |
| 5 | スリットの長さは短く抑えられているか(基板を貫通していないか) |
| 6 | 「なぜここを分割したのか」を言葉で説明できるか(説明できないなら分割をやめる) |
より広い視点でのGND設計(パワーGNDと信号GNDの扱い、1点アース、スター接続など)は、GNDパターンの正しい引き方|パワーGNDと信号GNDの分離・1点アースにまとめています。プレーン分割とセットで押さえておきたい内容です。

よくある質問
まとめ:分割する前に「帰り道」を見る
次にやるべき一歩
いま手元に設計中の基板があるなら、CADを開いてGNDプレーンの層だけを表示してみてください。他の層は全部消して、GNDだけにします。
そのうえで、銅が途切れている場所を指でなぞってみる。そこが、あなたの基板のリスクポイントです。意図して割ったものなら問題ありません。意図していない切れ目が見つかったら、それは今日直せるEMC対策です。
ノイズ対策は、フィルタ部品を足すことだと思われがちです。でも本当に効くのは、部品を1個も増やさずにできる「電流の通り道を整える」という設計です。プレーン分割は、その代表格になります。


