基板設計

【完全図解】沿面距離と空間距離|なぜ基板上に「何もない隙間」が必要なのか

😣 こんな悩みはありませんか?
  • 「ここに部品を置けるのに、なぜわざわざ空けるの?」と先輩に聞けない
  • 沿面距離と空間距離の違いが、何度読んでもピンとこない
  • 基板レビューで「沿面距離が足りない」と指摘されたけど、どこを直せばいい?
  • スリット(溝)を入れると沿面距離が稼げると聞いたけど、理屈がわからない
✅ この記事でわかること
  • 沿面距離と空間距離の違いを「アリの道」と「鳥の道」で直感的に理解できる
  • なぜ基板上に「何もない隙間」が安全のために必要なのかがわかる
  • 湿度・汚損度が沿面距離に与える影響を理解できる
  • スリット(溝)が沿面距離を劇的に稼げる理由と設計上の注意点がわかる
  • IEC 60664-1 / IEC 62368-1 の規格値の読み方がわかる

基板設計を始めたばかりの頃、こんな経験はありませんか?

「この部品と部品の間、スカスカだけど…ここにパターン引けばもっとコンパクトにできるのに」

そう思ってレイアウトを詰めたら、先輩エンジニアから一言。「沿面距離、足りてないよ」

この「沿面距離」と「空間距離」は、基板設計においてコンパクト化の最大の壁であり、同時に人の命を守る最後の砦です。理解が曖昧なまま設計を進めると、製品が認証試験に落ちたり、最悪の場合、火災や感電事故につながります。

この記事では、沿面距離と空間距離の違いを「アリの道」と「鳥の道」というイメージで徹底的に図解し、湿度や汚損度との関係、そして実務で使えるスリット(溝)の設計テクニックまで、一気に解説します。

そもそも「距離」で何を防いでいるのか?

⚡ 電気は「隙間」を飛び越えようとする

電圧が高い場所と低い場所が近くにあると、電気は絶縁物を無視して「最短経路」で飛び移ろうとします。これが放電です。

身近な例でいえば、雷がそうです。雲と地面の間に巨大な電圧差が生まれ、空気という絶縁物を突き破って電流が流れる。あの光と音は、空気の絶縁が破壊された瞬間です。

基板の上でも、規模は小さいですが同じことが起こります。1次側(数百V)と2次側(数十V)のパターンが近すぎると、空気中をスパーク(火花放電)で飛び越えたり、基板表面をトラッキング(炭化放電)で這って電流が流れたりします。

どちらも感電・火災・機器破壊に直結する、絶対に防がなければならない現象です。

📐 放電の2つの経路
① 空気中をジャンプする → 「空間距離」で防ぐ
② 基板表面を這って進む → 「沿面距離」で防ぐ

つまり、沿面距離と空間距離とは、この2つの放電経路に対する「安全な隙間の最低限の寸法」のことなのです。

空間距離とは?|「鳥の道」=空気中の最短直線

🐦 2点間の「空気中を通る最短距離」

空間距離(Clearance)とは、2つの導電部の間を、空気中の最短経路で測った距離です。

イメージは「鳥の道」です。鳥は障害物を気にせず、空中を直線で飛んでいきますよね。電気のスパークもまったく同じで、空気中を最短距離でジャンプしようとします。

📐 空間距離(Clearance)
2つの導電部間の、空気中を通る最短距離

防ぐ対象:スパーク放電(火花放電)
決定要因:電圧の高さ標高(気圧)

空間距離は、基本的に電圧によって決まります。電圧が高いほど、スパークが遠くまで飛ぶので、より大きな空間距離が必要です。

また、標高が高い場所(=気圧が低い場所)では空気の密度が下がり、絶縁能力が低下します。そのため、標高2,000m以上で使う製品は、空間距離に補正係数をかけて大きくする必要があります。

💡 ポイント
空間距離は「空気の問題」です。空気は汚れないし、湿気で導電性が上がることもほぼないため、汚損度の影響を受けません。これが沿面距離との大きな違いです。

沿面距離とは?|「アリの道」=基板表面を這う最短経路

🐜 2点間の「絶縁物の表面に沿った最短距離」

沿面距離(Creepage distance)とは、2つの導電部の間を、絶縁物の表面に沿って測った最短距離です。

イメージは「アリの道」です。アリは空を飛べません。基板の表面を、凹凸に沿ってひたすら歩きます。電気のトラッキング放電もまったく同じで、基板の表面を這うように進みます。

📐 沿面距離(Creepage distance)
2つの導電部間の、絶縁物の表面に沿った最短距離

防ぐ対象:トラッキング放電(炭化放電)
決定要因:電圧の高さ汚損度基板材質(CTI値)

🔥 トラッキング放電の恐怖

トラッキングとは、絶縁物の表面にホコリや湿気が付着し、わずかな電流が流れ続けることで、表面が炭化して導電路ができてしまう現象です。

怖いのは、この現象がジワジワと進行すること。最初は目に見えない微小電流ですが、炭化が広がるにつれて電流が増え、最終的に発火に至ります。

家庭のコンセント周りで「トラッキング火災」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。基板上でもまったく同じ原理で起こるのです。

⚠️ 注意
トラッキングは空間距離をいくら確保しても防げません。空気中ではなく、基板の「表面」が問題だからです。だから、空間距離とは別に、沿面距離という指標が必要なのです。

📊 空間距離と沿面距離の比較まとめ

比較項目 空間距離(Clearance) 沿面距離(Creepage)
イメージ 🐦 鳥の道(空中直線) 🐜 アリの道(表面を這う)
測り方 空気中の最短直線 絶縁物の表面に沿った最短経路
防ぐ対象 スパーク(火花放電) トラッキング(炭化放電)
決定要因 電圧、標高(気圧) 電圧、汚損度、CTI値
湿度・汚れの影響 ほぼなし 非常に大きい
一般的な大小関係 多くの場合:沿面距離 ≧ 空間距離(沿面の方が長く必要)

多くの場合、沿面距離は空間距離よりも大きな値が要求されます。なぜなら、基板表面はホコリや湿気で汚れやすく、空気中よりも絶縁性能が低下しやすいからです。

沿面距離を左右する3つの要素

空間距離は「電圧」と「標高」でほぼ決まるシンプルな世界でした。しかし、沿面距離は環境の汚れ具合基板の材質が大きく影響するため、設計者が考慮すべき要素が多くなります。

🏭 要素①:汚損度(Pollution Degree)

汚損度とは、製品が使われる環境の汚れ具合を4段階で分類したものです。汚れがひどい環境ほど、基板表面にホコリや水分が付着しやすく、トラッキングのリスクが高まるため、より大きな沿面距離が必要になります。

汚損度 環境の状態 具体例
1 汚損なし、または乾燥した非導電性の汚損のみ 密閉された筐体の内部、クリーンルーム
2 ★よく使う 非導電性の汚損のみ。ただし結露による一時的な導電の可能性あり 一般的なオフィス機器、家庭用電子機器
3 導電性の汚損あり。結露で導電性になる乾いた汚損 工場内の産業機器、屋外設置機器
4 持続的な導電性汚損(導電性の粉塵、雨、雪) 屋外の配電盤、鋳造工場など
💡 実務のコツ
一般的な民生機器(家電、PC周辺機器など)は汚損度2で設計することがほとんどです。筐体で密閉できる部分は汚損度1に下げられることもあります。迷ったら汚損度2を基本とし、製品の使用環境に応じて変更するのが定石です。

🧪 要素②:CTI値(比較トラッキング指数)

CTI(Comparative Tracking Index)とは、基板の材質がトラッキングにどれだけ耐えられるかを数値化したものです。

基板の表面に電解液を滴下し、電圧をかけたとき、トラッキングが発生しない最大電圧(V)で表します。数値が大きいほど、トラッキングに強い材質です。

材料グループ CTI値の範囲 代表的な材質 必要な沿面距離
600 ≦ CTI セラミック、ガラスなど 小さくできる
400 ≦ CTI < 600 一般的なFR-4基板 標準
Ⅲa 175 ≦ CTI < 400 CEM-3、一部の樹脂 大きくなる
Ⅲb 100 ≦ CTI < 175 一部の安価な樹脂 非常に大きい
💡 実務のコツ
基板設計ではFR-4(CTI ≧ 175、材料グループⅢa)がよく使われます。ただし、メーカーや品番によってCTI値が異なるため、必ずデータシートで確認しましょう。CTI値が高い基板を選ぶだけで、沿面距離を短くできることもあります。

💧 要素③:湿度と結露

湿度は、沿面距離にとって最も厄介な敵です。

基板表面にホコリが積もっただけなら、すぐに放電は起きません。しかし、そこに結露で水分が加わると、ホコリが導電性のペーストのようになり、一気にトラッキングのリスクが跳ね上がります。

これが「汚損度2」で「結露の可能性」が考慮されている理由です。日本のように湿度が高い環境では、特に注意が必要です。

⚠️ 注意
「うちの製品は屋内で使うから大丈夫」と思っても、輸送中のコンテナ内で結露するケースは非常に多いです。製品ライフサイクル全体で考えることが大切です。
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スリット(溝)で沿面距離を稼ぐ|最強の設計テクニック

ここまでの内容を理解した上で、いよいよ実務で最も使える設計テクニックを紹介します。それが「スリット(溝)」です。

🔧 スリットとは?基板に「切れ込み」を入れる

スリットとは、基板の1次側と2次側の境界に入れる細長い切れ込み(溝)のことです。基板を完全に切断するのではなく、長方形の穴を開けるイメージです。

なぜスリットが有効なのか?ここで「アリの道」を思い出してください。

アリ(=トラッキング放電)は基板表面を這って進みます。しかし、目の前に深い溝があったらどうでしょう?溝の壁を降りて、底を横切って、反対側の壁を登らなければなりません。

つまり、スリットを入れることで、アリが歩かなければならない道のりが劇的に長くなるのです。

📐 スリットの効果

スリットなし:沿面距離 = 2点間の表面距離(短い)

スリットあり:沿面距離 = 表面 → 溝の壁を下る溝の底壁を上る → 表面

同じ基板面積でも、沿面距離が大幅にアップ!
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📏 スリットの沿面距離はどう計算する?

IEC規格では、スリットの沿面距離の計算方法にルールがあります。

スリットの幅を w、基板の厚みを t とすると、溝の断面を「下る→底→上る」で通過する距離は次のように計算されます。

📐 スリットの沿面距離の計算

スリットの幅 w ≧ 1mm の場合:
スリット部の沿面距離 = 壁の深さ × 2 + 溝の幅
           = t + w + t = 2t + w


※ 基板貫通スリットの場合、壁の深さ = 基板厚み t

例えば、基板の厚み t = 1.6mm、スリット幅 w = 1.0mm の場合:

沿面距離の増加分 = 1.6 + 1.0 + 1.6 = 4.2mm

たった1.0mmの溝を入れるだけで、沿面距離が4.2mmも増えるのです。基板の面積をまったく広げずに沿面距離を稼げるので、コンパクト化と安全性を両立させる最強の武器です。

⚠️ スリット設計の注意点
① 幅が1mm未満のスリットは沿面距離として認められない場合がある
IEC規格では、狭すぎる溝はホコリが詰まって導電路になる危険があるため、沿面距離としてカウントされないことがあります。一般的に1mm以上を確保しましょう。

② スリット内にホコリや半田ボールが溜まらないように設計する
スリットは「溝」なので、製造工程で半田ボールやフラックス残渣が溜まりやすい構造です。洗浄工程やスリットの配置(基板端に近づけるなど)を工夫しましょう。

③ 基板の強度が下がることに注意
スリットは基板を部分的に切断するため、物理的な強度が低下します。コネクタなど外力がかかる部品の近くに入れる場合は、振動・衝撃試験への影響を考慮しましょう。

④ 空間距離には効果がない
スリットは「表面を這う距離」を長くする技術です。空気中の直線距離(空間距離)はスリットでは変わりません。空間距離が不足している場合は、部品間の物理的な距離を広げるか、絶縁バリアを設ける必要があります。

🎯 スリットが特に有効なケース

スリットは万能ではありませんが、以下のようなケースでは絶大な効果を発揮します。

ケース スリットの効果
1次-2次間の絶縁境界 AC-DCコンバータのトランス周りなど。強化絶縁の沿面距離(例:8mm)を確保するのに最も効果的
フォトカプラの下 1次側と2次側の信号をまたぐフォトカプラのピン間に入れることで、パッケージ外の沿面距離を確保
絶縁型DC-DCコンバータ モジュール下の1次-2次境界にスリットを入れることで、基板サイズを最小限に抑えられる
基板サイズに制約がある場合 物理的に基板を大きくできないとき、スリットは「面積を増やさずに沿面距離を稼ぐ」唯一の手段

実務で使う規格値の読み方

📋 空間距離・沿面距離を決めるまでのフロー

実際の設計で距離を決めるには、以下の手順を踏みます。

STEP 1

適用する安全規格を確認する
IEC 62368-1(IT/AV機器)、IEC 60664-1(低圧機器)、IEC 60950-1(旧IT機器)など、製品カテゴリに応じた規格を選ぶ

STEP 2

動作電圧を確認する
1次-2次間、1次-FG間、2次-FG間など、距離を確保すべき2点間の電圧を特定する

STEP 3

絶縁の種類を決める
基礎絶縁、付加絶縁、強化絶縁のどれが必要かを判断する

STEP 4

汚損度・CTI値・標高を確認する
使用環境の汚損度、基板材質のCTI値、標高補正の有無を確認する

STEP 5

規格の表から空間距離・沿面距離を読み取る
上記の条件を規格の表に当てはめて、最低限必要な距離を決定する

💡 実務のコツ
規格値は「最低限」です。実際の設計では、製造ばらつきや経年劣化を考慮してマージンを上乗せするのが一般的です。例えば、規格値が5.0mmなら、設計値は5.5〜6.0mmにする、といった具合です。

📏 測定の実務ポイント

設計図上の距離と、実際の基板上の距離は異なることがあります。測定時のポイントを押さえておきましょう。

ポイント 内容
導電部の端から測る 部品のリードやはんだフィレットの端が「導電部の先端」になる。パッドの端ではなく、はんだが実際に広がった最端部から測定する
凹凸を考慮する 沿面距離は表面に沿って測るため、基板のエッジや段差があれば、その分だけ距離が加算される
1mm未満の溝は無視 幅1mm未満の溝やスリットは、規格上は沿面距離としてカウントされないことがある。必ず規格を確認
最悪条件で測る 部品の実装ズレ、はんだの広がり、レジストの剥がれなど、最悪のケースを想定して測定する

まとめ|「何もない隙間」こそが人の命を守っている

基板の上にある「何もない空間」は、無駄なスペースではありません。それは、電気が人に危害を加えないための最後の防壁です。

📌 この記事の重要ポイント総まとめ

テーマ 覚えるべきポイント
空間距離 🐦 鳥の道。空気中の最短直線距離。スパーク放電を防ぐ
沿面距離 🐜 アリの道。絶縁物の表面に沿った最短経路。トラッキング放電を防ぐ
沿面距離の決定要因 電圧 × 汚損度(1〜4) × CTI値(材料グループⅠ〜Ⅲb)
スリットの効果 溝を入れるとアリの道が長くなる → 基板面積を増やさずに沿面距離を確保できる
スリットの計算 スリット部の沿面距離 = 2t + w(基板貫通の場合)
スリットの注意 幅1mm以上を確保、ゴミ詰まりに注意、空間距離には効果なし

基板設計で「ここ、もう少し詰められないかな?」と思ったとき、沿面距離と空間距離のことを思い出してください。あなたが確保したその「何もない隙間」が、製品を使うすべての人の安全を守っています。

💡 最後にひとこと
安全規格を学ぶことは、地味に見えて実は「製品を世に出すための最短ルート」です。認証試験で落ちてやり直すコスト(時間もお金も)を考えたら、最初から正しい距離を確保して設計する方が圧倒的に効率的。「急がば回れ」ならぬ「急がば隙間を空けろ」です。

📚 次に読むべき記事

📘 【完全保存版】絶縁の種類を徹底解説|基礎絶縁・強化絶縁・二重絶縁の違いがスッキリわかる →

沿面距離・空間距離の「前提」となる絶縁の種類を体系的に学べる記事。基礎絶縁と強化絶縁で必要な距離が変わる理由がわかります。

📘 【完全図解】なぜ1次側と2次側を分けるのか?|「人が触れる側」と「殺す電圧がある側」の境界線 →

沿面距離が最も重要になる「1次-2次間の絶縁境界」の考え方を学べます。

📘 【完全図解】基板材質の選び方|FR-4・CEM-3・アルミ基板・メタルコア基板の違い →

CTI値に大きく関わる基板材質の選定方法。沿面距離を短くするための材質選びの参考に。

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